088.残酷な

「―――――っ!!」

声にならない悲鳴と共に、箱の中で飛び起きた一匹の黒猫。
反動で全身に痛みが走るけれど、それよりもずっと、心の方が痛い。
ふらふらとした足取りで箱を出た彼女は、その場で人間に戻った。
冷え込んだ床の上にぺたりと座り込み、荒い呼吸を繰り返す。

「…傷が痛むのか?」

暗闇の中、声が聞こえた。
ぼんやりと顔を上げた彼女の視界に、この船の船長、ローが映りこむ。

―――そっか、ここは、この人の船…。

その現実を思い出した彼女は、漸く肩の力を抜いた。
もうあの船の地下室じゃない―――それを思い出したのだ。

「酷い汗だな。ほら」

いつの間にタオルを取ってきたのか、彼の手がそれを差し出す。
肌触りの良いそれを受け取り、ぽふんと顔を埋める。
ふわりと包み込んでくれるそれに、涙腺が緩んだ。

「…………っ」

声もなく、零れ落ちた涙がタオルに吸い込まれていく。
どうやら痛みの所為ではないと理解したローは、彼女の前にしゃがみ、ゆっくりと手を伸ばす。

「…どうした?」

優しくて、温かくて、自分を傷つけない、手と声。
タオルに顔を埋めたまま、震える声を発した。

「何度も、夢を見たの。楽しい…子供の頃の、夢。でも、いつも…幸せだって思ったところで、夢が終わる。夢から覚めた現実は、大嫌いなあの船の地下室で…」

何度、夢に裏切られてきただろうか。
もう数え切れないほどに繰り返した悪夢。
楽しい夢を裏切る残酷な現実。
いつしか、楽しいはずの夢すらも、怯えの対象となってしまった。

「安心しろ。夢は終わる。そして、これは夢じゃねぇ」

そうだろ?と優しく頭を撫でられる。
漸く、頭がこの現実を理解し、受け入れ始めたような感覚だ。

「…ローさん」
「ん?」
「………ありがとう」

呟いた声は、やはり涙に震えていた。

【 残酷な 夢現 】  ロー / Black Cat

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09.07.09