087.震える

親愛なる―――

当たり前の言葉から書き始めた手紙は、ごくごく普通の内容が書き連ねられていく。
薄く線が引かれた便箋を3行ほど使ったところで、ふとそのペン先が動きを止めた。
インクが染み込まないようにと辛うじて2ミリほど宙に浮いたまま、次の文句を書くことが出来ずに彷徨う。

言いたい事は沢山ある。
聞きたい事も、山ほどある。
けれど、どれもうまく言葉にならない。
文章にしてしまえば何とかなるだろうかと思ったけれど、やはり駄目だった。


9代目から話を聞き、飛び出すようにボンゴレファミリーを後にした。
そして、向かった先は何年も過ごしてきた屋敷。
ボンゴレのものほど立派ではなかったけれど、それでも私にとっては大切な“帰る所”だった。
けれど、玄関の扉を開いた先に広がっていた光景は、いつものものとは程遠く―――
1ヶ月経った今でも、あの瞬間に鼻を刺激した臭いが抜けていない気がする。
言葉なく転がる彼らの中に、“彼”の姿がなかったことに安堵した。
そんな私を容赦なく襲う、現実。

「ランチア…あの日、何があったの…?」

1ヶ月程度では、原因など殆ど解明されていない。
そもそも、既に拘束されているランチアがどこにいるのかすらわからない。

不安を掻き消すようにペンを手に取り、便箋に向かう。
取り留めない内容の部分は詰まることなくスラスラと書いていけるのに、肝心の部分になると手が止まってしまう。
まるで、核心に迫ることを、それを言葉にしてしまうことを恐れているようだった。


何かを書かなければ、とペンを下ろすけれど、それが文字を書き連ねる事はない。
ただ、悪戯に紙の上に染み込んでいくインク。

―――あぁ、また一枚、無駄になってしまった。

まるで他人事のようにそんな事を考えた。


コンコン、とノックが聞こえ、どうぞ、と声を返す。

「9代目が呼んでいます」

顔も知らないボンゴレの一人が、ドアを開けてそう声をかけてきた。
あの日からずっと、ボンゴレの一室でお世話になっている。
そう言うと聞こえはいいかもしれないけれど、私にとってはそれが監視のように思えた。
あのファミリーの生き残り。
同情されているのか、警戒されているのかはわからない。

「わかりました。すぐに行きます」

閉ざされた部屋の中、窓から入り込んだ風が書き損じた手紙を揺らす。

【 震える 文字 】  ランチア / 黒揚羽

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09.06.26