076.気付かない

今日もまた、あの人は迷いのない足取でホールを横切っていく。
長い髪が動きに合わせてふわりと揺れる様は、ホールに居た他の人間の視線まで強く引き寄せていた。
知らず知らずの内に向けてしまう眼差しの中には、熱い感情が含まれているものも少なくはない。
憧れと言う言葉は綺麗過ぎる。
颯爽と歩くその背中を見送る時間だけは、勤務中であることを忘れてしまった。
手が止まり、その背中が見えなくなってからも余韻に浸るように夢心地の感覚を味わう。
先輩にこら、と叱られて、慌てて目の前の客に営業スマイルを向けた。
今日はあの人の姿を見ることが出来た―――それだけで、見られなかった昨日よりも幸せだと思う。





あれから三日間、あの人の姿を見なかった。
あの人はとても優秀で有名なソルジャーだ。
その予定を確認する為に、先輩の伝など利用するまでもない。
同じくファンクラブ会員である友人との雑談の合間に、遠方の任務についていることを知った。
早く、けれども無事に帰ってきてくれることだけを祈っていよう。





任務は無事に終了したと言う噂を聞いた。
今日にでも帰還するあの人の存在は、ファンクラブの会員を浮つかせる。
上司に叱られる会員が後を絶たないけれど、そんな上司すらもホールの入り口を気にしていた。
そんな状態を経た昼下がり。
あの人が帰ってきた。
ホールの向こう、ガラス越しに見えた姿は出て行く時と全く変わっていない。
自動ドアを潜り抜け、カツンと足音を響かせる。
パートナーと共に並んで歩く姿は、何人たりともその間に踏み込ませない独特の空気を纏っている。

「漸く本社ね。相変わらず遠いわ」
「あんな辺境の地でマテリアの掘削を計画した連中を恨むんだな」
「…次の会議で議題にしてもらおうかしら。大したマテリアも出ないのに、折角の自然を破壊する理由があると思う?」
「連中は自然など興味を持たないからな」
「人として問題よね、まったく…。自然あっての人間でしょうが」

声が大きくなっていき、見えていた顔が横顔になろうかと言う時。

「お帰りなさい」

いつも、言おう言おうと思って、言えなかった言葉。
緊張から、小さい声しか出なかったけれど、それでもやっと言えたと言う達成感が胸にこみ上げてくる。
よし、と胸の中で拳を握った、その時。
思ってもみないことが起こった。

「ただいま」

決して大きくはなかったけれど、聞こえてきた声。
俯き加減だった顔を勢いよく上げると、小さく微笑んだ横顔が見えた。
その後は、こちらを向くこともなく階段を上っていく。
背中が見えなくなるまで見つめた私は、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
まさか、まさか!
あの人から返事をもらえるなんて―――こんな幸せがあっていいのだろうか。

―――勇気を出してよかった…!





「ふふ…」
「どうした?」
「可愛いな、と思って」
「…さっきの女か」
「いつもじーっと見られてるの、気付いていたから。初めはセフィロスを見ているんだと思っていたんだけど、一人の時も穴が開きそうなほどに見つめて見送ってくれるの」
「………」
「そんな面倒そうな表情しないの。一応、あなたのファンクラブにも入ってるのよ、彼女」
「…俺には無縁だな」
「ふふ、そうね。それにしても…返事をしただけで、あんな反応だとは思わなかったわ」
「…女に好かれて嬉しいのか?」
「あなた以外の男に熱烈に好意を寄せられる事を思えば、可愛らしいじゃない」
「…」
「眉間に皺。想像して表情を歪めないの」

気付いていないのは当人ばかり―――?

【 気付かない 背中 】  ??? / Asure memory

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09.05.25