065.射抜く
ふとした時に、視線を感じる事はよくある。
自分が敏感と言うわけではなく、その視線に原因があるのだ。
穴でも開きそうなほどにじっと見つめられれば、嫌でも気付くというものだ。
「…流川」
食器を洗っていた手を止めて、溜め息と共に彼の名を呼んだ。
カウンター越しに見える流川が、ピクリと反応した。
「言いたいことがあるなら口で言ってもらえない?」
穴が開きそう、と呟けば、彼の表情が少しだけ変わる。
僅かに口元が尖り、普段からあまり良くない目付きが更に少し悪くなった。
要するに、その顔に浮かんでいるのは不満、だ。
「何でもねー」
「何でもなくはないでしょう。何分も人の顔ばっかりじーっと」
何分も見つめていられるような愉快な顔をしている覚えはないのだが、彼は相変わらず自分に視線を向けたままだ。
それで何でもないなど、子供だって信じない。
彼以上に不満を抱きながらも、こういうやり取りに慣れている彼女は、早々に諦めるという決断をした。
「じゃあ、片付けが終わるまで待ってなくても、練習に行ってくれていいよ。ドリンクは後から持っていくし」
食器洗いを再開した彼女に、依然として向けられる視線。
何とか無視して作業を続けようとするのだが、やはりそれが気になってしまうことも事実で。
はぁ、と溜め息を吐き出した。
「私は桜木くんじゃないわよ、まったく…」
流川が桜木と衝突するのは、それはもうよくあることだ。
にらみ合っている状況や、何か言いたいことを山ほど抱えているのにあえて何も言わずに睨んでいる状況は珍しくはない。
思わず零れ落ちた言葉に、再度反応を見せる流川。
「どあほう」
ポツリと呟かれた言葉は溜め息混じりだ。
流石の彼女も、これには口元を引きつらせるしかない。
「…学年首位を捕まえて阿呆とは…よく言うわね。赤点エースくん?」
「そっちじゃねー」
「そっちもどっちも関係ありません。今度の試験対策はご自分で頑張るおつもり?」
ニコリと笑顔を浮かべてそう言ってやれば、彼が二の句を告げなくなる事はわかりきっている。
案の定、彼は今度こそ不満を前面に押し出して口を噤んだ。
ふいっと視線が逸らされる。
やれやれ、これで落ち着いて作業が出来る。
彼の視線が外れたときには、そう思ったのだ。
しかし、数分後―――別の意味で落ち着かなくなった彼女は、最後の一枚を食器棚に収めた。
そうして流川のほうを見れば、彼は先程顔を背けたままの姿勢から動いていない。
子供か、と言いたくなるような頑なな姿勢には、溜め息しか出てこない。
あの切れ長の目で射抜くような視線を向けられ続けることも落ち着かないのだが、こうして拗ね続けられるのも落ち着かないのだと気付く。
「流川…子供じゃないんだから」
「…………………」
「じっと見つめ続けなくても、言いたいことがあるならちゃんと聞くわ」
「…………………」
「…聞いてるの?」
キッチンを出て、彼の元へと向かう。
全く反応を見せない彼は聞いていないのか、それとも聞くつもりがないと言う姿勢の表れなのか。
正面に回りこんだ彼女は、がっくりと肩を落とした。
「………目を開けたまま寝るんじゃない!」
心配して損した!!と言う声と共に、いつの間にか手の中に握られていた新聞を丸めたそれが彼の頭に直撃した。
【 射抜く 視線 】 流川 楓 / 君と歩いた軌跡