064.記憶の

あの時、どこかで見たことがあると思ったんだ。
それが運命だ何てロマンチストなことを言うつもりはないけど。
でも、漸くその理由がわかった。
やっぱり、見たことがあったんだ。
土曜日の朝、いつも降りる駅の前―――時計の下に立っている彼女を。





「あ」

不意に零れた陸の声に、彼女が顔を上げた。
どうかした?と首を傾げる動作にあわせ、癖のない黒髪がさらりと揺れる。
細身でシルバーレッドのフレームの眼鏡は彼女によく似合っていて、いつも以上に知的に見せていた。

「いや、眼鏡…」
「…眼鏡がどうかした?」
「眼鏡、かけてたんだな」

どこか納得した様子の彼に、うん、と答える。
夏休みの宿題が残っていると聞いた彼女が、一緒にやらないかと陸を誘った。
一人暮らしの彼女の部屋、クーラーの効かせて快適なひと時。
そんな時間の中、陸が今まさに気付いたとばかりに声を上げたのだ。

「勉強する時はかけてるよ。後は…本を読む時とか」
「そっか。じゃあ、やっぱりあれってそうだったんだ」
「あれ?」
「土曜の朝、俺が下りる駅で本を読んでただろ?」

話をしながらも宿題を進めようと思ったのか、彼女の視線はテキストに向かっていた。
しかし、陸の言葉を聞いて、彼女の手が止まる。

「…知ってた?」
「今気付いた」
「…そっか」

そう呟いた彼女は、コトンとシャーペンを置いた。
そして、眼鏡のフレームに指をかけながら、苦笑を浮かべる。

「気付いてくれない方が良かったんだけどな…」
「え。何で?」
「だって…恥ずかしいじゃない」

少しだけ目元を染めた彼女は、それを隠すように俯いた。

「初めて会話した時…あの、ナンパ男の時だけど。あの時、私が名前を知っていて、不思議がっていたでしょう?」
「うん。まぁ」
「…ガンマンズの試合で陸の事を知って、あの時間にあの場所を通ることも知ってた。…近くの図書館にはよく通っていたから」
「…………もしかして、いつも?」
「…恥ずかしながら」

今度こそ完全に頬を染めた彼女。
つられる様にして顔を赤くした陸は、ぽりぽりと頬を掻いた。
要するに、彼女は自分が気付くよりもずっと前に自分のことを知っていて、通る時間に合わせて駅で待っていた、と言うことだ。
何も知らない女子からそんな事を聞かされても困るだけだが、相手は彼女。
嬉しくないわけがない。

「陸は気付いてなかったと思うけど」
「いや、気付いてたよ。眼鏡をかけてたから、結びつかなかったけど」

いつも目の端に入る彼女の事は、気付いていた。
朝の時間に、時計の下で本を読んでいる同年代の女子。
眼鏡の所為でよく見えない横顔は、目を惹くほどに整っていて。
時折風に揺れる髪の毛の柔らかさを想像してみたことも、一度や二度ではなかったと思う。

こうして振り返ってみると、自分も結構彼女を注視していたようだ。
思い返して恥ずかしくなってきたのか、陸がテーブルに突っ伏す。

「陸?」
「…一つだけ、聞いていい?」
「どうぞ?」
「あの時、通りかかったのが俺じゃなくても…助けを求めた?」
「………陸が来るまで粘ったと思う。どうしても来なかったら、駅員に助けを求めたかな」

照れるようにそう言った彼女に、そっか、と呟く。
あの日のお蔭で、自分たちの今がある。
運命を信じているわけではないけれど、不思議な感覚だった。
何となくお互いが同じ事を考えていると感じたのか、視線が絡むと同時に笑い合う二人。
外の夏の日差しとは裏腹に、ほのぼのとした春の陽気が部屋の中に広がっていた。

【 記憶の 欠片 】  甲斐谷 陸 / 向日葵

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09.04.22