061.子供の頃の

きっかけは、白蘭様の横顔に強烈なデジャヴを感じたこと。
その時は唐突に口を噤んでしまって、白蘭様に「どうしたの」と心配されてしまった。
何でもありませんと誤魔化したのは、彼に言えないからではない。
ただ、思い出した記憶はあまりに不確かで、夢の話なのか現実の記憶だったのかが私自身にとっても酷く曖昧に思えたのだ。
私が誤魔化す事はそう多くはない。
それを不自然と感じたのか、あの人は珍しく真剣な表情で「そう」と答えた。
納得はしていなかったようだけれど、その時はあえて聞くまいと質問をやめてくれた。

それからと言うもの、記憶は徐々に甦り、今ではその時のことも鮮明に思い出せるようになった。
これが過去の記憶だということを理解し、記憶の中の彼が「彼」であることを知る。
そう言えば、数ヶ月前に、突然奇妙な現象に襲われた。
奇妙と言っても、その原因はわかっている。
10年バズーカ。
それに当たると、10年後の自分と5分間だけ入れ替わると言う非現実的な代物だ。
尤も、実際に体験してしまった自分としては、現実ではないと否定する事は難しい。
この記憶は、過去の自分が『ここ』に来てしまった時のものだ。
その時は強烈だったはずなのに、忙しく過ぎ去っていく現実を生きる間に、それを記憶の奥深くに隠してしまっていたらしい。

「最近物思いに耽ってることが多いね」

ふと、デスクで仕事をしていた私の背中から声がかかる。
いつの間にか、キーの上で手を止めてしまっていた私は、その声にゆっくりと振り向いた。

「お帰りなさいませ、白蘭様」
「うん。ただいま」

にこりと笑った彼は、昼食に出かけていたはずだ。
部屋に運ばせることも出来るというのにわざわざ店に足を運ぶ彼。
一度、部屋で朝食をとっては、と提案したけれど、行った方が美味しいと却下された。
余談だが、その良さを教えてあげる、と昼休みにかれの行きつけの店に連れて行かれた。

「何か悩み事でもあるの?」

デスクの脇へと近付いてきた彼は、それに凭れかかる様にして顔を覗きこんできた。
相変わらず笑顔を浮かべているにも関わらず、沈黙を許さぬ空気がある。
一つだけ溜め息を吐き出してから、急ぐことなく口を開いた。

「子供の頃を思い出していただけです」
「へぇ、君にとっての子供の頃って、高校生の頃も入るんだ」
「………わかっているなら、尋ねる必要はないと思いますけれど」
「うん。確認だからね」

悪びれた様子もなく答える白蘭様。
ふぅ、と息を吐き出し、今度こそ仕事を進めようとパソコンに向き直る。
そこで、唇に柔らかいものが当たった。

「“甘いの嫌い?”」

覚えのある声、覚えのある言葉。
その問いかけに、静かに首を振る。
そして、視線で促されるままに軽く唇を開けば、そこにマシュマロが滑り込んできた。
口内に広がる柔らかい甘み。

「いつも買ってきてくれるから、今日は僕からのお土産」
「…ありがとうございます」
「実は好きだよね。いつもは僕に、って買ってきてくれてるけど」

その言葉に対しては、沈黙を返した。
別に、特別好き、と言うわけではない。
疲れているときなどは、この甘さが恋しくなる時はあるけれど、それは身体が糖分を欲するからだ。
私がいつもこれを彼に買ってくるのは―――

「あなたが、言っていたから、ですよ」
「ん?」
「いいえ。聞こえなかったなら、それで構いません。さぁ、仕事をしてください。溜まってきていますよ」
「はいはい」

“僕の大事な子が買ってきてくれるんだ”
忘れていたと言うのに、無意識にこれを選んでいた理由。
それはきっと、彼が言っていた言葉だ。

マシュマロに彼を連想したこと。
そして―――彼の言う“大事な人”に少しでも近付くこと。
その二つを理由に、私の身体が無意識にこれを選んでいただけだ。

追求もせず自分のデスクに向かう彼の背中を見つめ、息を吐く。
彼は、一体どこまで知っているのだろうか。

デスクの上に置かれたマシュマロを口に含み、肩を竦めた。

【 子供の頃の 記憶 】  白蘭 / 百花蜜

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09.04.17