055.染み付いた

今日も今日とて、トランプタワーを積み上げて暇をもてあましていたヒソカ。
十数枚目のそれを積んだ所で、ふと彼が顔を上げた。
ふわり、と鼻に感じた匂いを辿るように視線を動かす。
匂いの先に、流れるような金髪が見えた。

別に意図していたわけではない。
理由を述べるならば、暇だったからと言うほかはないのだが、ヒソカは彼女の背中に視線を送り続けていた。
彼女も、そう言ったことに敏感でなければならない蜘蛛のひとりである。
作業が落ち着いたところで、溜め息混じりに視線の主を振り向いた。

「ヒソカ。何か用?」
「別に」

気にしなくていいよ。
ニコリと微笑んでそう答えたヒソカに、毒気を抜かれたような表情の彼女。
熱視線、と呼ぶには甘さの代わりの棘を感じる視線だが、用があるというわけではないらしい。
理由はあるのだろうけれど、彼女にはわからなかった。
訝しげな表情を浮かべつつ、彼女は荷物を手にヒソカの前を横切る。
ふわり、と再び香りが動いた。

「…んー…」

顎に手をやって、天井を仰ぐ。
ヒソカがとったわけのわからぬ行動に疑問を抱きつつ、荷物を置いて再び彼の前を通った。
と、その時。
くん、と髪を引っ張られる感覚に、彼女は否応無しにその足を止めた。
僅かに呆れを含ませた表情で振り向けば、彼女の髪を一房指に絡めているヒソカがいる。

「一体何がしたいの?」

掴まれている髪を振り解いてまで前に進もうとは思わない。
長期戦になることも覚悟して、彼女はヒソカの相手をすることに決めた。
こういう意味のわからない行動を取る時の彼は、暇を持て余していて構って欲しいという意思表示であることが多い。
彼女の対応が変わったことを理解したのか、彼は満足げに笑みを浮かべる。
そして、掴んだままの彼女の髪を持ち上げ、軽やかな口付けを落とした。

「…………ヒソカ?」
「…花、だね」

そのまま口元からそれを離そうとしない彼の名を呼べば、そんな答えが返ってきた。
いや、答えと言うよりは、ただの呟きだ。

「花がどうしたの?」
「匂いが移ってるよ」
「え?」

本当に?と自分自身でも髪の匂いを嗅いでみるけれど、わからない。
自分の匂いと言うのは、馴染みすぎてわからなくなるものだ。

「そんなにきつい?」
「言うほどきつくはないよ」
「…ふぅん…よく気付いたわね」

言われてみれば、シャンプー以外の香りが鼻腔を擽る…ような気がする。
どこで移ったんだろう、と考える彼女。
そんな彼女の手を引き寄せ、その身体を腕の中に閉じ込めるようにして背中から抱き込んでしまう。
そして、彼女の前に握った手を差し出した。

「…何?」
「黙って見てなよ」

そう言われて、とりあえず彼の手を見つめてみる。
3秒、5秒、10秒。
何も起こらないじゃないか。
そう言おうとした、その時。
ポン、と小さな音を立てて、その手の中から一輪のバラが飛び出してきた。
驚いて彼を振り向くと、その表情だけで満足だと言いたげな顔でそれを差し出される。
黄色いバラを受け取りながら、彼女は感心したように呟いた。

「…マジックみたいね」
「奇術師に不可能はないのさ」
「はいはい。不可能のない奇術師さんには、私が花屋に寄ってきたこともお見通しってわけですね」

どこかで見た花だと思ったら、さっきここに来る前に寄って来た花屋で見たバラだ。
今朝入荷したばかりだと、店員が教えてくれた。
彼女にしては長居した所為で、花の匂いが髪や服に染み付いたのだろう。

「ねぇ、ヒソカ」
「ん?」
「そろそろ放してくれない?」
「匂いが消えたらね」
「…じゃあ、シャワー浴びてくるわ」
「却下」
「…………………」

【 染み付いた 】  ヒソカ / Ice doll

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09.04.08