054.優しい
早く、速く。
焦る心のままに足を動かし、距離の短い瞬歩を連続して前へと進む。
現世の別地点にて一回生の魂葬実習の先導をしていた班が、巨大虚の襲撃を受けたという一報を聞いたのは、無事実習の先導を終えて尸魂界に戻ってきてからの事だった。
「それ、無事だったのかよ?」
「あぁ、一回生は逃げたから無事だったらしいけど、先導してた六回生は二人死亡、一人は重傷だってさ」
話を聞いたらしい一人が、そんな事を言っていた。
その話を聞いてすぐ、檜佐木の姿を探す。
既に実習を終えて戻ってきている者も多い中、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
「しかしよぉ…巨大虚の群れに襲われるなんてな。有力株は芽が出る前に潰しておこうって魂胆か?」
「まったく、運が悪いよな、檜佐木の奴も」
その後の事は、覚えていない。
真央霊術院の医務室ではなく、四番隊へと運ばれたその事実を考えれば、軽い怪我でない事は明白だった。
部屋の番号を聞く間すらも惜しむようにと廊下を移動し、四番隊の隊員の咎めの声を聞きながらも、足を止める事は出来ない。
開かれたままだった扉から中へと駆け込んだ彼女は、そこにいた人物の姿に息を呑んだ。
真っ白なシーツの上で閉じている目は、片方しか見えていない。
顔の半分ほどを覆う包帯が何とも痛々しい。
「―――…っ」
ベッドに横たわって目を閉じている彼は、眠っているように見えて、でもそれ以上に―――
不安に胸を押しつぶされそうになりながら、そっと足音を忍ばせて近付いていく。
眠っているならば、起こしてはいけない。
そう思って、霊圧を消して彼へと近付いていき、その頬の刺青へと手を伸ばす。
指先がそれに触れるか否かと言うところで、世界が反転した。
「――――っ!!」
「………修、兵…?」
ベッドに押し付けられるようにして片手を拘束され、そして彼のもう片方の手により、苦しいくらいに首を締め付けられる。
自分を見下ろす彼の目が酷く怯えているように見えて、抵抗も驚きも忘れていた。
震える唇でその名を紡げば、彼の緊張が解け、荒い呼吸を繰り返しながら首にかけた手をゆっくりと解いていく。
代わりに、その手がゆるりと頬へと滑ってきた。
「……、……」
確認するように、何度も名前を紡ぐ。
死神ですらない自分たちが、一匹ではない巨大虚に襲われる。
どれほどの恐怖だっただろうか。
強いと思っていた彼の弱さを垣間見た。
促すようにその頬に手を伸ばせば、彼の両腕に背中を攫われ、痛いほどに強く抱き締められる。
静かな、けれども強い鼓動が、彼がそこに居ることを教えてくれていた。
「…悪ぃ。…もう、少し…」
「…うん」
彼女が、彼が生きているということを実感しているように、彼もまた、彼女の存在により自分が生きていることを実感しているのだろう。
「…修兵」
「…………」
「…お帰り」
「………あぁ」
帰ることが出来なかった友人がいる。
とても哀しいことだけれど、彼が生きて帰ってきてくれたことが何よりも嬉しかった。
思わず涙が溢れ、それを隠すように彼の肩に顔を埋める。
同じように彼が肩を埋めている箇所が温かい湿気を纏っているような気がした。
【 優しい 音 】 檜佐木 修兵