053.見慣れた
あれ?と首を傾げる。
鍛錬場の壁に立てかけられた刀は、いやと言うほど見覚えがあるものだ。
刃先を見ただけでも、その持ち主を連想できそうなほどに、見慣れたもの。
普段ならば、それが主の手を離れて単独行動を取ることはない。
この刀があるところには常に主の姿がある。
意思も、動く術も持たない刀としては、それが当然の状況だ。
しかし、目の前の刀はポツリと独り。
6本で六爪流なのだから、ひとり、と言う表現は可笑しいかもしれないけれど。
身体を動かそうと思ってここに来た彼女は、目的も忘れてその刀へと近付く。
触るなと言われているわけではない。
けれど、武士にとって刀は誇りだ。
気安く他者が触れて良いものではないと自覚しているからこそ、不必要に触れようとはしていなかった。
彼女自身も刀を握る者であり、その気持ちはよくよく理解できるからだ。
いつもは触れないようにとしているのに、この時ばかりは不思議な引力によって引き寄せられているかのように感じた。
手を伸ばせば触れられる位置までやってきてしまった彼女は、自分の行動に戸惑いの表情を浮かべる。
しかし、目の前にある好奇心に打ち勝つ事は出来ず…彼女は、そっと自身の手を伸ばした。
指先に触れた柄の感触。
見慣れていても、触れることには慣れていないそれは、自分のもののようには馴染まない。
そのまま鞘から抜いてしまいそうになる好奇心を押さえ込んで、持ち上げるだけに留める。
彼女自身の刀は小太刀だから、その長さに比例して軽い。
ずしりと重量を伝えてくるそれは、やはり自分の刀とは違っていた。
持っている者が女と言う、性別による違いもあるのだろうけれど。
「…何やってんだ?」
「!!!」
ビクリと肩を揺らしつつも、刀を取り落とすような馬鹿な真似はしない。
しかし、落としそうだという不安を感じたのは否めない事実で、それを防ぐ為に、半ば抱え込むようにして刀を腕に抱いてしまった。
そのままの姿勢で振り向けば、怪訝そうな表情の政宗の姿が見える。
まるで、盗もうとしていた所を見つかって慌てているようだ、と思う。
彼の目から見て、そんな彼女の姿はどう映るのだろうか。
「落とすなよ?結構重いからな」
そう言うと、彼は特に何をするでもなく彼女の横まで近付いてきて、残りの刀の一つを持ち上げる。
すらりと鞘から抜き取って刃の具合を確認し、彼女を振り向いた。
「それでやってみるか?」
「え?」
「小太刀だけでは代わり映えがしねぇだろ?」
抜けよ、と告げる彼は、自身の口角を持ち上げて笑っている。
腕に抱いたままだった彼の刀と、彼とを交互に見た彼女は、いいんですか?と確認するように問いかけた。
「悪いなら言わねぇだろ。ほら、さっさとしろよ」
「は、はい!」
急かされた彼女は、一呼吸を置いてから刀を鞘から抜く。
露になった刀身は、いつ見ても惚れ惚れするほどに美しかった。
「ハンデだ。お前の方から攻めて来い」
空いた手の指をくいくいと動かし、挑発するように笑む彼。
刀を構えた時点で、彼女の中からは迷いが消えた。
行きます、と言う声の後、ダン、と床を蹴り、彼の刀を構えて駆け出した。
【 見慣れた 刀 】 伊達 政宗 / 廻れ、