047.紫の
ティルが熱を出した。
まだ青年である彼の肩に圧し掛かる重圧は相当のものだ。
彼に縋るしか方法を見出せない大人たちは、無理もない、とその身を案じた。
近くの町医者によると、疲労による発熱で、命に別状はないと言う。
解放軍の皆がほっと安堵し、やがて夜が更けた。
熱の所為で中々寝付けないティルは、シーツの上でごろりと寝返りを打つ。
先ほどまでは心配しすぎているグレミオが部屋の中にいたのだが、少し一人で休みたいと頼んだ所、彼は渋々部屋を去った。
リーダーであるティルには本拠地の中でも一番良い部屋を与えられており、その広さもかなりのものだ。
その部屋の中は彼の好みのように整えられており、それがコウの働きによるものであるという事は既に周知の事実である。
部屋のどこを見ても彼女の面影が見えるような気がして、彼はフッと口元に笑みを浮かべた。
自分から一人になりたいと願ったにも関わらず、彼女を探している自分がいる。
こんな事では駄目だな…と自嘲の笑みを零した所で、カタン、と小さな音がした。
起きていなければきっと気づかなかったであろうその音の源は扉。
無言で視線を向ければ、そっとその扉が開いてくるのが見えた。
ゆっくりと開かれた扉は、やがて人が一人通れるだけの隙間を開く。
そこから顔を覗かせたのは、先程からティルが脳裏に浮かべていたコウだった。
彼女はティルが寝ているものと思い、無音で部屋に入ってくるつもりだったのだろう。
ベッドの上の彼と視線が合うと、驚いたように目を見開いた。
「起こした?」
「いや、起きていたよ」
そう答えて、身体を起こそうと力を込める。
しかし、発熱している身体は思うように動かない。
眉間の皺が一本追加される前に、慌てて近付いてきた彼女の手により、ベッドに横たわるティル。
「無理をしないで。今はゆっくりと休むことが大事なんだから」
「…そうだね。コウはどうしてここに?」
「グレミオさんがティルは休んでいると言っていたから、これだけ置いて部屋を出て行くつもりだったの」
彼女は、先程ティルを支える為にベッド脇のテーブルに置いたカップを指す。
何が入っているのかは、寝転がる彼には見えなかった。
「解熱作用のある花を見つけたの」
「へぇ…詳しいの?」
「私もよく熱を出していたから。昔、お母様が作ってくださったのよ」
懐かしむようにそう答えた彼女は、彼に起きられるかと問う。
少し辛いとは思ったけれど、他ならぬ彼女の言葉だ。
身体を起こそうとしたティルを、今度はとめることなく、その背中を支える。
枕を移動させて背中の所で積み上げ、楽な姿勢を取れるように調整すると、テーブルからそれを持ち上げた。
「粉末にするか悩んだんだけど…この方が飲みやすいと思って」
「…結構な色だね」
「薬湯はそんなものよ」
ニコリと微笑む彼女に、彼は覚悟を決めた。
たとえ味が悪くとも、飲み終えた後はちゃんと笑う。
そう自分自身に誓いを立て、カップの中身を一気に呷った。
「――――…?」
この色だ。
それなりの味を覚悟していたのだが、思ったほどの衝撃はない。
寧ろ…喉通りがよく、熱の所為で乾いたそこが優しく潤った。
「酷い味を想像していたんでしょう?」
彼の表情を見て、クスクスと笑うコウ。
図星だった彼は否定することなく頷く。
「初めはね。とても酷い味だったわ。泣いて嫌がる私に、お母様が薬師と相談して、色々と工夫して…これを作ってくれたの」
「…良いお母さんだったんだね」
「ええ。王妃と言う立場にありながら、医師に全てを任せるのではなく、必死に考えてくれた」
とても大好きな母だった。
妹たちの誕生と引き換えに命を落としてしまったけれど…その道を選んだ彼女を、今でも誇りに思っている。
「その薬湯の花にはね。“やさしい愛情”と言う花言葉があるの」
笑みを浮かべてそう告げた彼女。
ティルは、その言葉の意味を悟り、頷いた。
「うん。優しい愛情、だね」
空になったカップをテーブルに置き、二人で小さく笑いあった。
【 紫の 桔梗 】 1主 / 水面にたゆたう波紋