046.灰色の
手を出せ、と言われ、素直にそれに従う。
空を仰いだ手の平の上に、軽く拳を握った蔵馬の手が乗った。
結んだ指先が解けるのに従い、ころり、とした何か落ちてくる。
蔵馬の手が消えたそこには、小さな種が三つ、手の平の上に残っていた。
「…種?」
「育ててみるといい。お前の為に作った花だ」
「へぇ…お前が作ったのか?」
器用な奴だ、と呟きつつ、それを指先で拾い上げる。
花を作るのに器用も何もないのだろうけれど、その方法の第一歩目すらわからない彼女にとっては、魔法のようにも思えた。
彼が植物を操る術に長けている事は知っていたけれど、まさか自分で花を作ってしまうとは。
感心したような視線を種に向ける彼女を見て、蔵馬は満足げに笑みを浮かべた。
「どういう風に育てればいい?こう言う事は初めてで…全くわからない」
困り顔でそう呟く彼女に、彼は不満など一つもなさそうな表情で頷いた。
「そうだろうと思った」
そう言って種の扱いすら困っている様子の彼女の手を取り、ドアの方へと歩き出す。
「育てるのは難しくはない。初心者向けの花だから、安心しろ」
「ありがとう、と言うべきか?」
「いや、礼が欲しいのはそこじゃない。だが、思ってもいない礼ならば不要だ」
そこじゃない、と言われた彼女が、そう言えば種を貰ったお礼がまだであることに気付いた。
それに対するお礼を言おうとした彼女の口は、彼の言葉によって中途半端に開いたまま空気を飲み込む。
「礼が言えるようになった時に聞かせてくれるといい」
「…そうか」
「この花は初心者向けだが、育て方によって咲き方が違う。初心者から上級者まで楽しめる花だ」
廊下を歩きながら、彼がそう説明してくれる。
土の選び方から種の植え方、温度、湿度。
様々な説明をしてくれたけれど、生憎彼女の耳には右から左へと流れていくだけだ。
わからないことを説明されても、それは今一頭に残ってくれない。
そんな彼女の表情を読み取った彼は、クスクスと笑う。
「安心しろ。俺が順に教えてやる」
「…そうか」
「まずは…恐らく、朱、だな」
「え?」
「いや、何でもないさ」
問い返す彼女に、彼はその答えを曖昧にした。
そうして蔵馬の温室へと辿り着き、ゼロから作業を始める。
数ヵ月後、薔薇によく似た蕾が花を開いた。
朱色の花弁を存分に咲かせたそれに、何かを思い出す。
それが何なのか、その時の彼女にはわからなかった。
しかし、それは数週間後。
蔵馬が見本として咲かせた、碧や白などの花に、彼女はそれが何を示すのかを知った。
「蔵馬…これは…」
「お前の使い魔には随分と協力してもらった」
彼女の為に命を落として尚、その命を以って彼女を守り続ける結界を張った、8匹の使い魔がいた。
この花は、彼らの瞳の色と同じなのだ。
朱色のそれに触れる彼女の手が震える。
「蔵馬…」
「…何だ?」
「…ありがとう」
呟かれたお礼と共に、涙がその頬を走る。
蔵馬は静かに微笑み、その涙を指先で拭い取った。
【 灰色の 種 】 妖狐蔵馬 / 悠久に馳せる想い