041.赤い
自室で書を嗜んでいた白哉は、ふと筆を置いて顔を上げた。
庭先へと視線を向ければ、揺れる水面に椿が浮かんでいる。
どうやら、椿が落ちた音に意識を引っ張られたようだ。
大きな音ではないけれど、それは無音ではない。
くるくると姿を披露するように水面を踊った後、それは水の流れに乗ってどこかへと消えた。
「白哉様。よろしいですか?」
襖の向こうからの声に、白哉は入れ、と短く答える。
失礼します、と言う声と共に襖を開いた彼女の手には、小さなお盆がある。
その上には湯飲みが一つだけ乗せられており、時折柔らかく変化する湯気が見えた。
「そろそろ筆をお休めになる頃かと思い、用意をさせていただきました」
「そうだな。…礼を言う」
そんな白哉の言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そして、足音もなく近付くと、彼の手の届く所に湯飲みを置き、お手本になれるような絶妙な位置に控える。
白哉がそれに手をつけるのを見届けてから、彼に固定していた視線を解いた。
「こちらの椿は…残りも少なくなりましたね」
数えられる程度になってしまったそれを見て、少しばかり寂しげな表情を浮かべる彼女。
彼女はそう呟いた後、思い出したように、そう言えば、と白哉を見た。
「この部屋から一望できる所には白と赤の両方の椿がありますけれど、どうして私の部屋には赤い椿だけを?」
彼女の問いかけに、彼は静かに湯飲みを置いた。
息を吐き出してから紡がれる言葉は、どんな内容なのか。
少しばかり胸を躍らせながらその時を待つ彼女。
そんな彼女の期待が見えたのか、白哉は表情をいくらか柔らかくしたまま、口を開いた。
「気になるならば、調べてみるといい」
「え?」
「教えても構わぬが…己で見つけるのも一興」
構わないといいながら教えてくれる気は一切ないのだろう。
何となくそれを察した彼女は、それならば、と口を開く。
「誰かに尋ねる事は?」
「知っている者がいるなら、構わぬ」
「…難しくはありませんか?」
「………恐らくは」
そんな助言を受けた彼女は、スッと立ち上がる。
そして、庭の椿を一瞥した。
「必ず調べてまいります。では、後ほど」
そういい残して踵を返した彼女の背中を見送り、手元の湯飲みを見下ろす。
白哉の思いを知り、彼女はどんな反応を見せるのだろうか。
穏やかに緩められたその表情を見ていた者はいない。
赤と白の椿が、ぱさり、と花を落とした。
【 赤い 椿 】 朽木 白哉 / 睡蓮