035.愛すべき

「あら、懐かしい顔ね」

目の前の女性は、そう言って優しく微笑んだ。
立派な細工の施された椅子にしっかりと腰掛ける彼女の腕の中には、何かが抱えられている。

「10年バズーカなら会う事はないはずだし…不思議ね」

不思議だと言いながらも、さして気にしていない様子で、寧ろ現実と受け止めているようだ。
そんな彼女を前に、紅はこれは夢だと思った。
女性の言うように、10年バズーカによる現象であれば、彼女と顔を合わせるはずがない。
何故なら、彼女は間違いなく、自分が成長した姿だと言えるほどに瓜二つだからだ。
もちろん、成長による顔立ちの違いはあるけれど、基本的なパーツが同じであることは間違いはない。
違っている事は、紅の鮮やかなルージュとは正反対で、女性は殆ど化粧をしていないことだ。

「ふふ…。そんなに硬くならなくてもいいのよ。そこにでも掛けてくれていいわ」

くすりと微笑んだ彼女が勧める席へと腰を下ろせば、その腕に抱かれたものの正体がわかった。
まだ小さな赤ん坊だ。
紅の視線に気付いたのか、女性はほら、と赤ん坊を彼女に近づける。

「可愛いでしょう?」
「――――――…うん」

眠っているのか、目を閉じていて、何の反応もせずただ小さく呼吸を繰り返すだけの赤ん坊。
それなのに、何故か女性の問いかけに頷いてしまった。
特別子供が好きと言うわけではないにもかかわらず。

「私にとって、この子が特別だからよ」

もちろん、あなたにとっても。
女性は、まるで紅の思考を読み取ったかのようなタイミングでそう告げた。
そう言われても、やはり紅が納得するには少し足りない。

「きっと、あなたにもわかる時が来るわ」

だから大丈夫、そう言って、彼女は赤ん坊の頬をなでる。
その手の優しさは、これ以上ないほどに赤ん坊を慈しみ、愛していた。
これが、母親と言うものなのだろうか。
母親のそんな姿を見たことがない紅には、どこか違う世界の光景のようにも映った。

「あなたは母親を知らないかもしれないけれど…簡単なのよ。ただ、この子に対する愛情の全てを注いで、そして守ってあげればいいだけ。難しいことなんてないわ」

再び、大丈夫、と告げて、今度は紅の頭をぽんと撫でる。
顔を上げて彼女を見ようとした紅は、そこで自身の視界に白いもやがかかっていることに気付いた。
その向こうでは、女性が少し寂しげな表情を見せている。

「もう時間切れ、か。何だか、一方的に話しただけで…勿体無い事をしてしまったわね」

そう告げる間にも、彼女の顔はどんどん見えなくなっていく。

「絶対に、離れては駄目よ。辛くてとても苦しいことが待っているかもしれない。けれど、あなたは待っていてあげて。あの人は、必ず―――」

紅が聞き取ることができたのは、そこまでだった。





現実に彼女が煙に巻かれて消え、その場はシンと静まる。
ふぇ、と言う小さな声から始まり、やがては盛大な泣き声が部屋の中に響く。

「あらあら、どうしたの。そんなに泣かないで」

そう言って頬にキスをすれば、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも泣き止む小さな息子。
涙に濡れた目が開かれ、真っ直ぐに紅を見上げる。

「―――どうした」

扉が開くと同時に、低い声が聞こえた。
書類を片手にしている所を見ると、隣で執務をしていたにも関わらず、泣き声を聞いてわざわざ来てくれたようだ。

「大丈夫よ。ただ…寂しかったのかもしれないわ」
「…そうか」

どう捉えたのか、彼は紅の元へと近付いてきて、赤ん坊を抱き上げる。
そして、そのまま大股で執務室へと戻っていった。

「XANXUSがいなくて泣いたわけじゃないんだけれど…」

クスクスと笑いながら、彼には聞こえない声でそう呟く。
そして、赤ん坊を抱き上げる代わりに放り出された書類を拾い上げ、彼らを追うように執務室へと向かって歩き出した。

【 愛すべき 幼子 】  Bloody rose

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09.03.12