027.傷ついた
火薬と、煙と―――出来るならば慣れたくはない、独特の鉄臭さ。
その周辺一体には、『死』の臭いが充満していた。
多くの者が命を落としたそこは、戦う術を持たない農民たちの住まう小さな村だ。
戦とは無関係な生活を送る彼らが、血生臭い戦に巻き込まれる。
これが今の世。
「…こんな、事…」
許してはいけない、許せない。
もう少し…せめて、あと1時間早くに到着できていれば…。
今、掌を零れ落ちた命くらいは救うことができただろうか。
動かない小さすぎる身体を抱きしめ、ぐっと唇を噛み締める。
「姫さん…その子供は、俺が」
「…………………」
彼女は無言で子供を氷景に手渡した。
瞬く間に彼が消え、その場には彼女一人が取り残される。
伊達軍の隊のひとつを預かっているのだ。
いつまでも将が地面に膝を着いているわけには行かない。
気を抜けば零れ落ちそうになる涙を堪え、地面を踏みしめて立ち上がった。
世の中には、例えどんなに頑張ろうともどうにもならないことだってある。
今回の事は…そうだったのだろう。
彼女がこれ以上早くこの場に到着する事は不可能だった。
そして、この村が戦帰りの他国の軍に襲われた事は…偶然であり、ある意味では運命だったのだろう。
守りたいと思うほどに、掌を零れ落ちてしまう。
小さな掌で救えるものは、何も無いのだろうか。
悔しさに耐えるように、彼女は静かに拳を握り締めた。
目元に溜まった涙は、堪えようとしても今しも零れ落ちてしまいそうだ。
「泣くのは帰ってからだ」
そんな声が聞こえ、後ろから目隠しをされる。
片手だけで彼女の両目を隠した声の主は言うまでもなく政宗だ。
近付いてくるのに気付いていなかったわけではない。
知っていたけれど、彼を警戒する必要はない―――だからこそ、何もしなかった。
「思い切り泣かせてやりたいけどな。今は耐えろ」
少し向こうには、村の危機を知らせてくれた、唯一の生存者が居る。
家族の亡骸にすがる彼や、その光景に心を痛める伊達軍の兵士たち。
彼らの前で涙を流すわけには行かなかった。
「大、丈夫…です。ちゃんと…耐えます」
そう答えれば、ゆっくりと手袋の感触が離れていく。
それが完全に離れ、閉じた視界が明るさを取り戻したところで、再度奥歯を噛み締めた。
掌がズキンと痛む。
目を開いても、彼女は涙一つも零したりはしなかった。
彼女を見下ろした政宗は、無言でその頭をぽんと撫でる。
「悪ぃな」
彼は、筋肉が強張るほどに握り締められた彼女の指を解いた。
手袋をしていなかった手は、その掌にくっきりと爪痕を残している。
その痕を見た政宗は、表情を歪めてその傷を指先でなぞった。
そして、彼女の手を解放し、そのまま彼女に背を向ける。
「将を集めろ!各隊の役割を伝える」
「はい、筆頭!」
よく通る彼の声が兵を集める。
迷い無く歩いていく背中を見つめ、彼女は自身の掌の傷をそっと握った。
そして、彼の後に続くようにと、しっかりした足取りで地を踏む。
【 傷ついた 掌 】 伊達 政宗 / 廻れ、
09.03.01