022.近い
その日、彼女は応接室の机を一杯に使って作業をしていた。
三分の一ほどは風紀委員の書類だが、残りは彼女自身の仕事。
見た目は中学生でも、中身まで中学生に戻ったわけではない。
もちろん、相手のある仕事は待ってはくれず…日々、増えていくそれの消化に追われている。
ある程度はディーノが調整してくれているけれど、急を要するものは受けるというポリシーの元に、学生業との兼任生活を送っていた。
教師からの、とても控えめで低姿勢な抗議文に目を通していた彼女は、不意にその顔を上げた。
ギリギリの所で耳に届いたあの音は―――
「銃声…よねぇ」
銃刀法が定められている日本の学校内で銃声を響かせるような人物。
彼女には、一人しか浮かばなかった。
「ツナ…また何かに巻き込まれたのかしら」
相変わらず平和には生きられない子ね。
そんな事を考えつつも、助けに行くつもりは全くない。
実にあっさりした様子の彼女は、再び抗議文に目を落とす。
そこで、再び銃声。
今度は随分と近い場所で聞こえた。
「…その内誰かに見つかるんじゃないかしら」
今でも生徒や教師が疑問を抱かない所が不思議でならない。
裏から手を回しているのか、本当に見つかっていないのかはわからないが…こんな真昼間から銃声を響かせていては、問題視されるのも時間の問題だと感じた。
やれやれ、と言う溜め息が吐き出されるのと、ほぼ同時に、前触れ無く応接室のドアが開かれた。
そんな風にこの部屋に入ってくる人は、一人だ。
顔を上げて挨拶をしようとした彼女は、そのままの姿勢で制止した。
「…相手は雲雀さんでしたか」
そこにいた風紀委員長、雲雀恭弥は、いかにも戦闘後ですと言った姿だ。
それがわかったのはその手にトンファーが握られていたからで、特に大きな怪我は負っていないらしい。
「何」
「いえ…また沢田くんを構っていたんですか?」
「沢田?」
「沢田綱吉」
「………あぁ、彼か」
未だに名前がはっきりと記憶されていないようだ。
面倒そうに返事をした雲雀は、そのまま彼女の横を通り過ぎる。
その時、彼女の手から抗議文を抜き取り、最初の方だけを走り読みした。
デスクに座るのと同時にゴミ箱に放り込まれたそれに、肩を竦める。
内容は一応覚えているから、不可でした、とだけ返事をしておくことにしよう。
「先ほどの銃声は何でした?」
「上から狙撃された」
へぇ、と答えそうになった彼女は、はた、と動きを止める。
「狙撃?雲雀さんが?」
「うん」
「食らっては…ないみたいですね」
「弾いたからね」
雲雀を狙ったという事は、リボーンが起こした行動ではなかったようだ。
彼が撃つとしたら、雲雀ではなくツナを撃つ。
一体どこの誰が…と思いつつ、彼がこの場に居るので解決はしているのだろうと判断する。
「事後処理は必要ですか?」
「いらない。例の沢田綱吉は風紀委員に入るつもりはないみたいだよ」
「え。何の話ですか?」
「赤ん坊がそう言ってたけど、本人が全力で遠慮してたからね」
それだけを伝えてしまうと、彼はそのままクッションの良い椅子に深く腰掛けて目を閉じてしまう。
寝る、と言う姿勢の彼に、詳細を尋ねることすら出来なくなった彼女は、うーん、と頬を掻く。
「まぁ、いいか」
そう呟き、作業を再開した。
【 近い 銃声 】 雲雀 恭弥 / 黒揚羽