021.遠い
「雲って遠いのね」
ふと、空を見上げてそう呟くコウ。
どこか感慨深げな彼女の様子に、ティルは不思議そうに首を傾げた。
雲を掴むような、と言うくらいだ。
その遠さと言えば、今更言う必要もないことのはず。
そんな彼の心中を感じ取ったのか、コウがクスリと笑った。
「私にとって、空は遠くなかったわ。風を頬に感じながら、雲の中を飛んだ事もある」
怒られたけれど、と悪戯めいた笑みを浮かべる。
「あぁ、例の飛竜に乗って?」
「そう。私にとても懐いてくれていて…一緒に空を飛ぶのが大好きだったの」
もちろん、身体が弱かったコウは、そう頻繁に外には出られなかった。
自分の身体の事はよく分かっていたけれど、やはり自由が欲しい時もあって。
しっかりと厚着をして、寝静まった城から飛び立ったこともある。
巨大な飛竜が無音で飛び立つ事など不可能に近く、当然ながら見つかり、大目玉を食った。
そんな風ことを出来たのは子供の頃の事で、年を取る毎に、無茶を出来なくなったものだ。
もう何年とレイディールの背に乗っていない。
結局、最後まで彼女と共に空を飛ぶことは出来なかった。
「最期に…一緒に飛んであげたかった」
懐かしむように目を細めるコウを見て、ティルはそっとその手を握った。
すると、彼女は驚いたようにこちらに視線を向けてから、はにかんだ笑顔を見せる。
「この世界には、竜騎士がいるよ。いつか…乗せてもらうといい」
「そうね」
「知り合いって言うほどじゃないけど、面識がある子もいるんだ。会ったら頼んでみるよ」
「じゃあ、その時はお願いするわ」
よろしくね、と微笑んだ彼女は、先ほどまでの憂いの表情を隠してしまっていた。
きっと、自分に心配をかけないためなのだろう。
遠い空を移動する雲は、彼女の望むようにと高度を下げたりはしない。
けれど、確かにそこに存在するそれは、彼女にとって生きていると実感させるものでもあった。
【 遠い 雲 】 1主 / 水面にたゆたう波紋