020.苦い

「…?」

ふと、口につけたマグカップを見つめる蔵馬。
恐らくはその中身を飲んで、何か気になるところがあったのだろう。

「どうかした?」
「いや…」

彼女に告げるほどではないと判断したのか、彼はそれを見つめつつも首を振った。
そんな彼の反応に、自分の淹れた珈琲に問題があったのだろうかと不安になる彼女。
自分の分と思ってマグカップに淹れておいたそれを口に含み、飲み込む。

「…何もおかしな所はないと思うけれど…」
「………別にいいんだ」

気にしなくていいよ、と彼は朝食に手を付け始めた。
何かあるのだろうけれど、あくまで自分には言わないつもりらしい。
腑に落ちない彼女だが、無理に聞き出そうとしなかった。

「紅」
「何?」
「体調が悪い所はない?」
「え?…特に気にはならないけれど…」

突然の問いかけに、紅は首を傾げた。
どうかした?と問い返すと、何でもない、と首を振る蔵馬。
本当に、どうしたと言うのだろう。

彼女の疑問符が三つほど重なった所で、彼は徐に携帯電話を取り出した。
向こうからの電話ならばまだしも、朝食の途中に席を立つのは珍しいことだ。
すまない、と手の動きで示した彼は、どこかへと電話をかけながらリビングを出て行った。

「…何なのかしら」

そう呟いた頃、蔵馬がリビングに戻ってきた。

「今日は有給を取ったから」
「どうして?」
「病院に行こうか」

何気なく告げられた彼の言葉に、紅は目を見開いた。

「いつもは丁度いい珈琲を淹れてくれるけど、前に一度だけこれと同じ珈琲を飲んだ覚えがあったんだ」
「これと…って…何か変だった?」
「変ってことは無いよ。ただ、いつもより苦いだけ」

そう言われて、紅は自分のそれを飲む。
だが、彼の言う変化は今一わからない。

「一応、確かめてもらおう。予想が外れていても構わないし」
「ちょっと…わけがわからないわ。ちゃんと説明して欲しいんだけど」
「…前に飲んだ時は…暁斗が生まれる前。………まだ、わからない?」

暁斗の名前と、蔵馬の表情と。
その他にもちりばめられた情報が、紅の中で形を作っていく。
まさか―――

「やっぱり、自分では気付いてないか」
「え、蔵馬は…どうして…?」
「さっきの珈琲がきっかけである事は確かだけど…確信したのは、紅の妖気の中に違う種類を感じたから、かな」
「き、気付かなかった…」
「紅とは血を分け合ってるからね。本人は気付きにくいだろう」

とりあえず座りなよ。
そう言って背中を押され、ソファーへと移動する。

「病院…行くよね?」

蔵馬の問いかけに、紅は静かに頷いた。
すると、彼は嬉しそうに笑う。

「多分、外れていないから…暁斗が喜ぶな」
「何だか…すごく久しぶりで、感覚が思い出せないわ」
「無理はないよ。今は、人間の身体なんだし…勝手が違ってくるのは当然だ」

そう言うと、蔵馬は紅の頬を撫でる。

「頑張ろうか。今度は…三人で」
「…そうね」

額を寄せ合い、小さく微笑んだ。

【 苦い 珈琲 】  南野 秀一 / 悠久に馳せる想い

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09.02.10