016.手に入れることの出来ない

「―――元気そうね」

くるりとストローを回した彼女は、全く変わった様子の見られない元仲間を前に、クスリと微笑んだ。

「お前もな」
「こんなに早く念を解くとは思わなかったけど…流石、と言うべきかしら」
「どちらでも」
「ヒソカの助力あって、のことなんでしょう?この間、マチが愚痴を零して帰ったわ」

その時の様子を思い出したのか、可笑しそうに小さく笑い声を上げる。
マチと言う人物をよく知るクロロは、いとも簡単にその光景を想像した。
幻影旅団のメンバーではなくなった彼女だが、仲間との友好関係は相変わらず良好らしい。

「問題はなさそうだな」
「問題?ありえないわよ。あなた達は仲間である前に友人―――そうでしょう?」

仲間ではなくなったからと言って、友人としての繋がりまでもが途切れるものではない。
そんな浅い付き合いをした覚えはないのだ。

「…解決したか?」

ふと、クロロが核心に迫る質問を投げかける。
悪戯にアイスティーをかき回していたストローを持つ手を止め、彼女が視線を上げた。

「唐突ね」
「だが、聞かれることはわかっていた。…そうだろう?」
「正解」

ふ、と零した彼女の笑顔を見て、彼女が先に紡ぐであろう答えがわかった。
こんなに穏やかに微笑む彼女を知らない。

「お蔭様で。長年の空中生活は、もう終わり」

どっちつかずで宙に浮いていた彼女の心は、漸く翼を休める場所を見つけることが出来たようだ。
こんな表情が出来たのか、と半ば感心めいた思いを抱くのと同時に、僅かな喪失感が胸を焦がす。
言葉として発することの出来なかった感情は、じりじりとクロロの中を侵していた。

「―――良かったな。ザキも漸く安心できるだろう」
「ここでザキを出すのは卑怯だと思うわ」

ばつが悪そうに視線を彷徨わせる彼女に、クロロは疑問符を抱く。
そんな彼の表情に気付いたのか、軽く肩を竦めた彼女は、誤魔化すようにグラスに手を添えた。
ストローから吸い上げた一口分のアイスティーで喉を潤してから、ゆっくりと答える。

「告げたのが…ザキの前だったの。背中を押してくれるんじゃないかと思って」
「…いつまで経っても手が焼ける姉だな」
「ええ。自分でもそう思うわ。でも―――」

そこで一度口を閉じた彼女は、考えるように褐色の水面を見つめる。

「祝福してくれたように思ったの。気のせいかもしれないけれど…」

懐かしむように、慈しむように。
静かにそう告げる彼女は、それが気のせいではないと信じているようだった。

「気のせいだと思う必要はないだろう」
「イルミも、そう言っていたわ」
「―――そうか」

ふと、会話が途切れる。
丁度良い頃合―――そう思ったのは、どちらが先だっただろうか。
どちらともなく、示し合わせたかのように席を立つ。

「迷惑をかけたし…ご馳走するわ。この程度で申し訳ないけれど」

先に伝票を手に取った彼女は、そう言ってクロロが口を挟む暇もなくレジへと歩き出す。
のんびり歩いたクロロが追いついた頃には、既に勘定を済ませていた。
二人で並んで喫茶店を出る。
昼間の暖かい気温が二人を包み込んだ。

「じゃあ、ね。また何かあったら連絡して。依頼も」
「あぁ。その時はよろしく頼む」
「もちろん。お得意様の期待は裏切らないわ」

クスクスと笑って、彼女はターミナルへと歩き出す。
飛行船を預けてあるのだろう。
後腐れも何もなく歩き出した背中。

「―――幸せになれよ」

自分でも気付かない内に、そんな事を呟いていた。
ギリギリの所でそれを聞きとめた彼女が、背中を見せたまま手を上げた。

彼女の隣に居るのが自分じゃなくてもいい。
彼女が幸せであれば―――それ以上には、何も望むまい。
元仲間として、友人として。
ただそれだけを願う。

【 手に入れることの出来ない 場所 】  クロロ=ルシルフル / Free

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09.02.06