015.暗い
「どうしたんだい、明かりもつけないで」
窓辺で外を見つめていた彼女の背中を見つけ、そう声をかける。
ゆっくりと近付いてくる気配は、瀞霊廷の中で感じる優しいものではない。
押しつぶさんばかりの、並の死神では息が出来ないようなそれこそ、本当の彼。
ふわりと、顔の両側から伸びてきた腕により、彼女の細い身体は拘束された。
既に慣れてしまっている彼女は、驚くこともなくその腕を受け入れる。
「必要ないわ。…ほら」
そう言って、彼の腕の中から窓の外を指す。
そこには、言葉を失うほど美しい満月が誇らしげに輝いていた。
月明かり以外の世界を切り取らんばかりに、はっきりとした影を作っている。
それを見上げた彼は、無言で眼鏡を床に落とした。
カシャン、と畳の上に転がったそれが、不満げな音を立てる。
「まるで、月に焦がれているようだな」
「月に帰るの?」
彼が何を言わんとしているのかを理解した彼女は、クスクスと笑った。
「帰られては困る。私は何を持って来ようか?何が欲しい?」
「…蓬莱の玉の枝を、と言ったら、持ってきてくれるの?」
「物語通りに手厳しいな」
「彼女は故郷を捨てなければならないのだから、そのくらいは当然よ」
小さな笑い声を発しながら、すぐ後ろにある彼の胸板へと背中を預ける。
珍しい、と呟く彼に、彼女は、偶には、と答えた。
「では、慣れ親しんだ場所と仲間を捨てる君に、新しい世界を贈ろう、と言いたい所だが…
どうにも、釣り合いが取れそうにないな。私は君に何を贈ればいいのかな?」
「……………かぐや姫よりも無理を言っていいの?」
「君が望むなら、手を尽くそう」
迷いない答えに、彼女はそっと視線を上げて月を見る。
「あなたを…あなたと共に歩む未来を」
「…随分と高くつくものだが…無欲だな」
「駄目?」
「手に入っているものを望むことに意味はあるのかい?」
「未来は確定していないでしょう?」
「なるほど」
間違ってはいないな。
そう言った彼の手が彼女の手を取り、そっと自身の口元へと運ぶ。
忠誠を誓うかのような軽やかな口付けに、唇が触れたところがほんのりとあたたかくなる。
口元を緩めて笑みを浮かべる彼女の身体を隙間なく引き寄せ、その肌へと唇を近づけた。
物言わぬ彼の手が障子を引き寄せ、月明かりから彼女の姿を隠す。
【 暗い 部屋 】 藍染 惣右介 / 逃げ水