014.明るい
戦の後には、悲しみしか残らない。
近くの村へと足を運んだ彼女の背中を見つめながら、氷景は神妙な面持ちだった。
背中を見ているだけでもわかる。
彼女は今、酷く心を痛めている。
敵であれ、味方であれ…誰かを殺し、誰かが死ぬという世界を、彼女は望んでいない。
だからこそ、戦の後の悲しみは大きい。
「姫さ―――」
「紅様!」
氷景の声を遮るように聞こえてきた農民の声に、紅が足を止めた。
先ほどの空気を一瞬のうちに消し去り、何事もなかったかのように振り向く彼女。
「ごめんなさいね。少し、通らせてもらうわ」
「どうかお気になさらず!紅様がご無事で何よりでございます!!」
膝を擦りそうな勢いで跪く数人の農民に、紅は笑顔すら浮かべて見せた。
「此度の勝ち戦、おめでとうございます」
「ありがとう。あなた達にも、長い間苦労をかけてしまった。本当に、ありがとう」
最寄の村だったということもあり、兵糧の確保に一役買ってもらっていたのは事実。
紅からの礼に、彼らは恐縮した様子を見せた。
「我らは皆、政宗様を信じております。必ず、乱世を治めてくださると」
「刃になることの出来ない我々は、このような事しか出来ませんが…」
この村は、政宗に対して絶対的な信頼を寄せている。
それを感じることの出来る農民たちの声は、戦で冷えた紅の心を温めた。
「いい村だったわ。村に被害が出なくて良かった」
帰り道、虎吉の背に跨った紅は、氷景に向かって話しかけた。
珍しくも、一歩後ろを馬に跨って続く彼は、その声に答える。
「あんたが必死に守ろうとしていたからだよ、姫さん」
「私は…何もしていないわ」
「それに、戦の後であいつらも不安だったはずだ。それを拭ったのは…姫さんの笑顔に他ならない」
立派だった、と言う言葉。
紅は驚いたように彼を振り向いた。
「上に立つ者は、下の者に弱気な姿勢を見せるわけには行かない。不安を煽ることになるからだ。だから、悲しみも苦しみも、全部隠して笑ったあんたは、立派だった」
本心を包み隠さず語る彼の言葉は、矢を射たように真っ直ぐに届く。
彼の言葉を頭の中で反芻し、それから苦笑にも似た笑みを零す紅。
「政宗様の…奥州筆頭名代の名を、汚さなかったかしら?」
「ああ」
「そう。…それなら、役目をきちんと果たすことが出来たと思って、胸を張ってあの人の元に帰ることが出来るわね」
漸く安心したように、ほんの少しだけ肩の緊張を解く彼女。
完全にそれを消し去るのは、自分の役目ではない。
氷景はそれ以上踏み込むことなく、再び前を見据えた彼女の背を見つめる。
その時、先を行かせていた斥候が走ってくるのが見えた。
「紅様!丘の先にて、筆頭がお待ちです!」
「…まったく、あの人は…。何のために私が名代を務めたのか、わからないわね」
一瞬驚いたような表情を見せ、しかし次には笑みを浮かべている。
すぐに行くと伝えて、と斥候に言うと、闊歩する虎吉を走らせる為に手綱の持ち方を変える。
「私は行くけど、氷景はどうする?」
「行くに決まってるだろ」
「そ。じゃあ、政宗様の所まで競争かしら?」
「おいおい。飛び切りの駿馬と普通の軍馬を一緒にしてくれるなよ、姫さん」
声も、表情も、空気も。
全てが今、完全に解き放たれた。
戦と言う悲しみの鎖を逃れた彼女の心は自由だ。
やはり、彼女には政宗が必要なのだろう。
改めて奥州を収める竜の偉大さを感じつつ、先に走り出す虎吉を見送ることなく、出来る限り引き離されないようにと馬の腹を蹴った。
【 明るい 笑顔 】 霞桜 氷景 / 廻れ、