009.仄かな

次期ボスの最有力候補として、常に人の視線を意識して生きてきた。
いつでも気を抜くことが出来ない世界は、私にとっては決して居心地の良い場所ではなかった。
マフィア間の社交の場は、酷く気分の悪い場所だ。
互いの腹の中を探りあい、ひとつでも自分にとって有益となる情報を多く得ようと目論む人間たち。
マフィアからも一目置かれる「カノーヴァ」の肩書きは、私の肩には重すぎた。
その強い力を望むようにと近付いてくる年上の独身男性たち。
彼らの対応に嫌気がさした私は、静かに輪の中を抜け出す。
人気のないベランダへと身を滑らせたところで、漸く自由に息が出来た。

一目見ただけでは見つからないような、一種の死角となっているその場所から、会場内を見つめる。
ふと、何かが目を引いた。

「あれは…」

誰だろう。
確か、自己紹介された中には居なかったはずだ。
冷たくも鋭い目をした、まるで飢えた猛獣のような空気を纏う男の人。
私よりも少しだけ年上だろう。
顔と、そして緩めに巻いたネクタイからスーツへと視線を移動させる。
服の上からでも、鍛えられている身体なのだと悟った。
ファミリーの中で甘い汁を啜っているだけの人ではない。
場の空気に気圧されることもなく、寧ろ堂々とした様子でそこにいる彼は、それだけで圧倒的な存在感を放っている。

「あれ、ボンゴレ9代目の息子だよな」
「あぁ、珍しいな…滅多にこんな場所には出てこないんだが」

意識していた所為だろうか、そんな会話が聞こえた。
彼らが例の男性の方を向いていることから、彼の持つ肩書きを知ることが出来た。
ボンゴレ―――カノーヴァも家だけを見れば勝るとも劣らないだろう。
しかし、その規模や力は、カノーヴァでも遠く及ばない。
カノーヴァの名前以上に大きいであろうその肩書きは、彼のためにあるようだと思った。

「…気分でも悪いのかな?」
「え?い、いえ…すみません。大丈夫です」

ぼんやりと彼を見ていると、近付いてくる人の存在に気付かなかった。
声をかけられて驚いた彼女に、その老人はニコリと微笑む。
この場には相応しくない、優しい笑顔を見せる人だった。

「それは良かった。XANXUSの知り合いかね?」
「XANXUS…?」
「おや、知らなかったのか。それはすまない。息子を見ていたようだから、知り合いだと思い込んでいたようだ」
「息子…あなたはボンゴレ、9代目ですか?」

自分が先ほどまで目を奪われていた人の存在を思い出し、目の前の老人が誰なのかを知る。
戸惑いつつ問いかける私に、彼は気を悪くした様子もなく笑みを深めた。

「紹介が遅れてしまったようだ。お嬢さんはカノーヴァの娘さんかな?」
「ええ。あの、どうして私の事を…?」
「先ほどは随分と苦労していたようだから、気になってね」

恐らくは、誰かに聞いたのだろう。
先ほどのことを思い出すと、忘れていた嫌な気分が甦ってきた。
それを振り払うように、9代目との会話を続けようとする。

「9代目の息子さんは、とても良い次期ボスですね。場の空気に飲まれることなく…とても、強い」
「そう、思うかい?」
「?はい。同じ立場でありながら、私は…駄目なんです。とても…息子さんが、羨ましい」

あんな強さに憧れた。
彼のような強さがあれば、名前に負けることなく歩いていけるような気がした。
逃げ出そうと思わず、ちゃんと自分のファミリーのことを受け入れられると…そう思った。
私の言葉に、9代目は静かに首を振った。

「負けないことが強さではない。いずれ…君も、知る事になるだろう」
「9代目…」
「XANXUSのことを良く評価してくれてありがとう。
先ほどの眼差しは、まるで恋をしているようだった。君ならば…XANXUSの心を、理解できるのかもしれないね」
「っ。そ、そんな…私には、そんな恐れ多い事はとても…!」

思わぬ単語が零れ、驚く私に、9代目は冗談だから気にするなと笑う。
話題を変えるためのものだったのだろうと理解し、一瞬の緊張を解いた。

「もう…思ったより、素敵な方がボンゴレのボスだったのですね」
「おや、その評価は実に光栄だ。お礼に、私のオススメの料理をご馳走しよう。こちらへどうぞ、お嬢さん」
「…お願いします、9代目」

この時、恋をしているようだという言葉自体を否定しなかったことを、私自身は気付いていなかった。

【 仄かな 恋心 】  XANXUS / Bloody rose

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09.01.27