007.懐かしの
「ねぇ、お母さん」
押入れを整理していると、背後から可愛らしい声が聞こえた。
振り向いた拍子に頬にかかった髪を耳に引っ掛けてから、柔らかく微笑む。
「どうしたの?お腹空いた?」
「…少しだけ。呼んだのはそれじゃなくて、これ…」
落ちたよ、と娘が指差したのは、カーペットの上でくしゃりと横たわるブレスレットだった。
先ほど持ち上げたボックスから零れ落ちたのだろう。
「あら、本当。ありがとうね」
指先でそれを拾い上げ、大切に手の平に載せる。
その動作がとても繊細で、幼い娘にも大切なものなのだということがわかったのだろう。
彼女はそれを問うように首を傾げた。
「お父さんがくれた物なの。とても…大切よ」
「お父さんは沢山くれるよ?」
「ええ。その中でも…これは特に大切よ」
ずっとつけていたいくらいに。
そう言いながらもボックスに片付けようとする母の行動に疑問を抱く。
「どうして片付けちゃうの?」
「大切だから失くしたくないの。それに…別のものを貰ったから。ねぇ、蔵馬?」
部屋の入り口に立った人物へと声をかければ、娘が勢いよく振り向いて彼の所へと走っていく。
お帰りなさい、と言う元気の良い声と共に、彼女は蔵馬の腕に抱き上げられた。
ただいま、そう答えた彼のネクタイで遊ぶ娘を見ながら、クスクスと笑い声を上げる。
「お帰りなさい」
「ただいま。荷物の整理?手伝おうか」
「大丈夫よ。もう終わるわ。夕食は出来ているから、準備をするわね。お風呂に入る?」
「…そう言うなら、任せようか。うん、入ってくるよ」
彼は穏やかに笑うと、腕の中の娘を見て「一緒に入るかい?」と尋ねた。
嬉しそうに肯定の返事が返ってくると、用意をさせるために彼女を床におろしてやる。
行動の意味を悟った彼女は、元気よく部屋を出て行った。
「随分と懐かしいな」
「本当ね。…10年前、かしら」
つけてみようか?と問いかける彼女に、蔵馬は笑って首を振った。
そして、彼女の左手を取り、薬指に口付ける。
「これをつけていてくれれば十分」
指の付け根に光る銀色の環を見下ろし、そう微笑んだ。
【 懐かしの 鎖 】 南野 秀一 / 悠久に馳せる想い