006.儚い
夢を見る。
エクソシストだった頃の夢を。
どうしてだろうかと思うよりも先に、懐かしさと…ほんの少しの後悔。
全てを受け入れていたわけではない。
けれど、仲間に救われたことも、事実であることに変わりはなかった。
夢の中の私は、過去の自分に嫉妬していた。
あたたかくて優しいあの場所に立っている自分に。
手を伸ばしても届くことはなく、声を張り上げても音にはならない。
寂しくて、哀しくて―――誰かに、気付いて欲しくて。
ふと、次に夢の中に登場した人を見て、思わず目を見開いた。
「―――ッ!!」
漸くその名前を呼んだその時。
夢は、一瞬で消え去った。
覚醒へと導かれた脳が、考えることを拒む。
暗い部屋の中は、より一層独りを感じさせる。
震えだしそうな自分自身の方を抱き締め、声にならぬ息を吐き出した。
「―――、」
呼びたい名前は、誰のものだったのだろうか。
カタン、と小さな音がして、ゆっくりと顔を上げる。
開かれたドアの所に立っていた音源…ティキは、驚いたようにこちらを見つめていた。
起きていた事が不思議だったのだろうか。
ならば、何故彼はここに―――?
「起きてたのか?」
「いいえ…」
「じゃあ、起こした?」
問いかけてくれる声が優しい。
その声に酔いしれる様に、スッと瞼を伏せた。
そんな私へと、足音が近付いてくる。
「起こされたわけじゃないわ。夢見が…悪かっただけ」
「だけ、って風には見えないな」
手袋越しではない指先が頬に滑る。
その体温を感じて、静かに目を開いた。
薄暗い部屋の中の光源は、カーテン越しに差し込んでいる月明かりだけ。
「…本当よ。全部…夢、だから」
「………そ。よっぽど酷い夢だったんだな」
深くは追求せずに、彼は子供をあやす様に頭をなでてくれた。
その行動にどこか安堵にも似た感情を抱く。
身体の芯の方の緊張がほぐれていくように感じた。
「―――…愚かね」
「誰が?」
「私」
「そう?」
俺はそうは思わないな、と言う声が降ってくる。
彼の表情を見なくてすむようにと、その胸元に額を寄せた。
「自分で手放したのに、望んでいる。自分で欲して選んだのに…戸惑っている」
何を手放し、何を望んだのか。
二人の間で、細かい説明など不要だ。
ティキは邪魔することもなく、静かに話を聞いてくれる。
「時々、傷が疼くの。忘れさせない、とでも言うみたいに」
「…忘れる必要はないだろ。自分の望んだ結果に、胸を張ればいい」
「……忘れようとしなければ、いつかふと元の世界に戻ってしまうような気がして…怖い」
イノセンスを破壊したティキの手に触れる。
いつか、この触れ合いすら許されず…泡沫の様に消えてしまうのでは、と考えてしまう。
私の不安を悟ったかのように、彼の手が私のそれをすっぽりと包み込んだ。
「放さない。エクソシストの連中が取り戻しに来ても、絶対に。だから、ありもしない未来に怯えなくていい」
そう言った彼の腕が背中へと回り、ゆっくりと引き寄せられた。
言葉を実感させるかのように、隙間なく抱き締めてくれる彼に全身を任せてしまう。
「…ありがとう」
聞こえたであろう声に、返事はなかった。
まるで必要ない言葉だと言っているかのように。
この人の傍にいたい。
―――たとえ、神に背いたとしても、この身が地獄へと堕ちようとも。
抗えるかどうかわからぬ強い存在の名残を感じながら、それでもその願いを消し去る事はできなかった。
【 儚い 望み 】 ティキ・ミック / 砂時計