005.綺麗な

部屋の中に畳んで放置されているそれを見下ろし、おや、と首を傾げる。
これは、彼のものではなかっただろうか。
若い頃には男性らしく袴などを着こなした彼だが、今では鮮やかな着流しに腕を通すことが多い。
洗い終えたそれが置かれているのだろう。
見覚えのない柄だが、この部屋にある以上、恐らくは彼が新調したもの。
彼女は、入室して三歩目で踏んでしまいそうな位置にあるそれをそっと拾い上げた。

「折角の新しい着物をこんな所に…」

どこに行ったんだか。
やれやれ、と言った様子で、それを腕に抱える。
綺麗に畳まれたそれがくたりと腕に寄りかかるのを感じながら、和箪笥に近付いた。
少しの摩擦を感じながら引き出しを開け、皺にならないようにと新しい着物を重ねる。
そこで、改めてその着物を見下ろした。
随分と凝ったデザインで、裾には朱色の蝶が刺繍されている。
何かを思い出させるその蝶を見つめること数秒―――理解した彼女は、思わず苦笑を浮かべた。
ふと顔を上げ、部屋の壁にかけられている鏡を見る。
見つめ返してくる自分自身の、瞳の色。
その色は、今は緋色をしている。
しかし、ひとたび感情が昂ると、血のような朱に染まる。
その時の色が、この蝶と同じなのだ。

「何て皮肉な」

嫌がらせのつもりで、自分の前でこれを着るのだろうか。
少し性格の悪さを感じ、苦く笑う彼女。
そんな彼女の優れた聴覚が、この部屋の主の足音を拾った。
徐々に近付いてくるそれは、もう3秒もすればこの部屋に辿り着く。
別に入ってはいけないとは言われておらず、寧ろ好きにしろと言われているのだから、隠れる必要はない。
彼女は、慌てる様子など微塵もなく、のんびりと彼を振り向いた。

「お帰り」
「―――…何してんだ」

彼の視線は、彼女の手元のそれへと釘付けにされている。
彼女はその視線の先と彼とを交互に見てから、見ての通り、と答えた。

「床に放置されていたから、片付けておこうと思ったんだけど…いけなかった?」

これは、あの場所になければならないものだったのだろうか。
もしそうならば、申し訳ないことをしてしまった。
そんな風に思いながら、彼の言葉を待つ彼女。
そんな彼女に、高杉はチッと舌を打った。

「あぁ、もしかして…私が触ってはいけないものだった?それなら、ごめんなさい」

もしかすると、想像できないけれど、誰かへの贈り物だったのかもしれない。
そうだとすれば、自分が触れたことに良い印象を持たないのも頷ける所だ。
眉尻を下げた彼女に、高杉は溜め息を吐き出した。

「どこに片付けようとしてる?」
「え?どこって…晋助の箪笥?」
「………自分の着物までここに置いていくつもりか、てめーは」
「…自分の、着物?」

意味がわからない、と疑問符を重ねる彼女に、彼の眉間に皺が刻まれる。
そしてふと、何かを思い出したように口を開いた。

「万斉に聞いてないのか」
「万斉?今日はまだ会ってないけど…」

それが何か?と首を傾げた彼女に、高杉は舌を打つ。
すれ違いか、そう呟く所を見ると、彼に何か言付けをしたのだろうか。
その内容を問おうと口を開いた所で、彼が先に声を発する。

「そいつを片付けるなら、てめーの箪笥にしとけ」
「…私に?」
「あぁ」
「…………嫌がらせ?」

例の目を連想した彼女がそう問いかけると、彼はハッと鼻で笑ってみせた。

「こんな手の込んだ嫌がらせをして欲しいのか?」
「そうじゃない、けど…」
「それを見ててめーを連想した。それだけだ」

そう言うと、彼は部屋には入らず、踵を返してしまった。
手に持った着物を見下ろし、沈黙する彼女。
好きではないこの色が、少しだけ違って見えた。

【 綺麗な 着物 】  高杉 晋助 / 朱の舞姫

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09.01.22