097.向日葵の花
「ティル!ね、起きて!!」
元気な声がして、ティルの身体が前に後ろに揺さぶられる。
珍しく一部屋ずつ宿を取る事ができて、久しぶりのベッドでの休息。
野宿が続いていたのだから、もう少し身体を休めたい。
誰かが近付いてくる気配を感じた時点で起きていたけれど、ティルは起きようとはしない。
頭は起きているし、攻撃されれば即座に反撃できる程度には身体も覚醒している。
けれど、素直に起き上がるには睡眠時間が足りていない。
起きない。
意思表示を含め、改めてシーツを抱き込んだ。
「せめて朝ごはんだけでも食べないと!」
「エアリス…朝飯はいいから、放っておいて」
「駄目よ、ティル!あと1分で起き上がらなかったら、コウを呼んでくるんだから!」
コウの名が出るや否や、ティルがむくりと身体を起こす。
何も、彼女が怖いというわけではない。
彼を動かしたのは、彼女には呆れられたくないと言う、ささやかで可愛らしい見栄だ。
思わずクスリと笑ったエアリスの方をむいて、視界に飛び込んできたのは鮮やかな黄色。
「…何だ…?」
「向日葵よ。綺麗でしょ?」
宿の奥さんに貰ったの。
腕に一抱え分のそれを抱き、彼女は微笑む。
大輪が花開くような満面の笑顔。
そう言えば、彼女はスラムで花売りをしていたと言っていた。
道理で―――
「…向日葵と同じだ」
「え?」
ティルの言葉の意味がわからなかったのか、エアリスはきょとんと目を見開く。
そんな彼女の疑問を解消することもなく、ティルは大きく伸びをした。
「どうするんだ?それ」
「ティルにもお裾分け!」
どうぞ、と言って問答無用で手に握らされる一輪の向日葵。
大きな花一つ分が空いたところから顔を出し、エアリスが笑う。
「明後日まで同じ部屋を借りてるから、飾ってあげるね」
そう言って、空のまま窓辺に置かれている花瓶の方へと駆けて行く彼女。
いつもはロッドを握っている手が、美しく咲いた花を抱えている。
「…アンタには、そっちの方が似合ってるよ」
いつか、彼女が花に囲まれて過ごせる―――そんな穏やかな日が来るのだろうか。
握っていた向日葵を見下ろし、そっと花びらに触れる。
彼女のあたたかさが残っているような気がした。
エアリス / Crimson memory