094.手
ふと、視線が止まる。
まるで引き寄せられるようにそこへと動いた視線。
性別の差を感じさせるそれ。
しなやかで、それで少し骨ばっていて。
今は見えない手の平は、刀を握ることによる剣だこがある。
手の甲に走る一筋の傷跡は、修業中に小十郎の刀を受けた時の物だと聞いた。
「どうした?」
視線が止まっていたことに気づいたのだろう。
彼が顔を覗き込みながらそう問いかけてきた。
「いえ…」
そう答えつつも、視線をそらす事が出来ない。
彼女の視線を追い、それが自分の手に向けられていることに気付く。
政宗は不思議そうな表情をしつつ、刀か?と問うた。
「そんな珍しもんじゃねぇだろ」
刀の手入れなど、初めて見るようなものではない。
何より、彼女自身も定期的に行っていることのはずだ。
今更、目を奪われるものでもない。
「私が見ていたのは刀ではなくて、政宗様の手です」
少し躊躇ったようだが、彼女はやや照れたように表情を緩めながらそう言った。
そして、刀を握る政宗の手の甲に指を乗せる。
他の者ならば振り払う所だが、彼女ならば危険はない。
「手?何も特別な事なんてねぇだろ」
一筋の傷跡をなぞる指先にくすぐったさを覚えつつ、そう言う。
彼女ははにかむように微笑み、首を振った。
「傷だらけだろ?」
「素敵ですよ。この手は、私のものよりも多くのものを掴み、守ることの出来る手ですから」
彼女の手が触れている方から、塞がっていない方の手で刀を取る。
そして、解放された手を返して、彼女のそれを握りこんだ。
すっぽりと包み込んでしまえる手はしっとりとしていて、自分にはない柔らかさを持っている。
見えている手の甲には、引っかき傷のような小さな傷がいくつか見えた。
彼女が努力を怠っていないという証を見下ろし、小さく口角を持ち上げる。
「政宗様?」
「…大分慣れたな」
「え?」
「初めはこうやって手を握っただけでも顔を真っ赤にしてただろ?」
ニッと笑って見せれば、彼女の頬は思い出したように紅潮する。
もう、と少し怒ったように言うけれど、握られた手を解こうとはしない。
まるで、自分にはないものを求め、欠けらを補い合っているようだ。
「あんま無理すんなよ。傷は残して欲しくねぇからな」
握りこんだ手を持ち上げ、ちゅ、と言う小さなリップ音と共に唇を触れさせる。
目に見えて頬を赤くしてから、彼女は困ったように笑った。
「政宗様にも、同じ事を言いたいです」
「言えばいいんじゃねぇか?」
「…では、あまり無理をなさらないでください。傷が残る度に、心が痛みます」
彼のように口付けは出来ないけれど、そっと大きな手を包み込む。
両手で包み込んだそれにぬくもりを感じながら、目を伏せる彼女。
「お前の心を壊すわけにはいかねぇな。…努力する」
「ええ。私も…努力します」
視線を絡め、そっと微笑を交わした。
伊達 政宗 / 廻れ、