085.正義と悪?
「ねぇ、母さん」
「どうしたの?」
「盗賊って、悪いことなの?」
息子の問いかけに、暫し言葉を失う。
いや、意図して沈黙したと言うべきだろうか。
「…難しい質問ね。…暁斗はどう思う?」
「………わかんない。悪いのかなって思うけど、それだけじゃない気がする」
「そうね。善悪って言うのは…口で説明するのは難しいものよ」
主観により、それは時として正反対のものへと成り代わる。
「人間の中では、盗賊は悪と分類されているわ。人の物を盗むことは罪だとされているから」
「そうなの?」
「でも、妖怪としては違うと思う。奪うのは、生きるための…本能的な行動だから」
「…難しい」
「そうね。…人間って、不思議だわ。
食料として他の命を奪っているのに、自分たちがそうされることは罪なんて」
世の頂点にでも立ったつもりなのだろうか。
妖怪ならば、例え殺されたとしても、それを罪だと責めたりはしない。
もちろん、敵討ちと言う言葉はあるけれど…それもまた、弱肉強食の上に成り立つものだ。
「私たちが奪っているのは、命ではなく物。綺麗事かもしれないけれど、私は悪だとは思わない」
「殺さないから?」
「いいえ、違うわ。生きるための手段だからよ。奪われたならば、奪い返せばいいの。
魔界は、それが許されている場所なんだから。ここで全うに生きるなんて、出来はしないもの」
奪う事ができるのは、一方に限られたことではない。
だからこそ、そこで悔やむも行動するも、自分次第なのだ。
生き残るも、野垂れ死にするも、本人の自由。
「わからなくていいわ。ただ…あなたは、自分の信念のままに生きていけばいい。
悪いことだと思うなら、それを無理強いしたりはしない。好きに生きなさい」
「―――うん」
「私たちと同じ生き方をする必要はないのよ。
違う生き方が出来るだけの強さは、ちゃんと与えてあげるから」
部屋の外から、息子を呼ぶ声が聞こえる。
まだもう少し話したそうな彼の背を優しく押して、部屋の外へと促した。
出て行く彼に入れ替わるようにして、蔵馬が姿を見せる。
「面白い話をしていたようだな」
「聞いていたの?」
「あぁ。悪か…本当に、難しい質問だ」
「ええ。その答えはきっと、あの子自身が見つけるんだと思うわ」
「そうだな」
「………ねぇ、蔵馬は魔界に正義があると思う?」
「さぁ、どうだろう。それこそ、綺麗事だと思うが…明確な答えは出せないな」
「…同感よ。でも…いずれ、変わる時が来るでしょうね。長い永い時間をかけて」
暁斗(ジュニア) / 悠久に馳せる想い