076.願い事叶えるなら

―――明日は七夕ですね。

縁側で夜空を見上げ、ルキアがそう言った。
その言葉によって、初めて暦を意識する。
この所忙しさの所為で、日付けを忘れて日々を過ごしていた。

―――姉様は、七夕に何を願いますか?
―――さぁ、何を願おうかしら。ルキアは?
―――私、は…。

互いに願いを口に出すことを躊躇った。
暗黙の了解のように、苦笑を向け合って口を噤む。
その後、二人の間でその内容を聞くような会話は一切なかった。





「今日は七夕だそうですね」

自室にて書を嗜む白哉の傍らで、ふと口を開く。
彼が筆を執っている間は貝の如く口を閉ざしている彼女にしては、珍しい事だった。
しかし、珍しい状況にも筆一つ乱すことなく、冷静に最後まで書き終える。
可もなく不可もなく、といった仕上がりのそれを一瞥してから、視線を彼女に向けた。

「七夕の日、短冊に願いを書いて笹に飾ると、願いが叶うと。
現世では、そう言われているようです」
「そうか」

特別面白みを感じるような内容ではない。
そんな感想が、その一言の中にありありと浮かんでいた。
彼の反応は予想通りのもので、図らずも小さく苦笑を零す。

「もし、願いが叶うとすれば…白哉様は何を願われるのか、と…思った、だけです」

最後の方が力ない声になってしまったのは、声に出しながら気付いてしまったから。
彼が願うとすれば、それは―――二度と会えない大切な人との時間なのではないだろうか。
自然の理に反しているとしても、本当に願いが叶うのなら。
自分でも嫌になるほどに、思考がどぷりと暗い水に沈む。

「…くだらぬ」
「…そう、ですね。
そんな事で願いが叶うのならば…この世界に不幸と言う言葉はありませんもの」

書いた願いが全て叶えられるならば、誰もが幸せに笑っていられるはず。
けれど、現実にはそんな事はありえないのだ。
目の奥がジンと熱くなる。

「叶えたい願いがあるならば、自分で叶えれば良い。
自分で叶えられぬならば、分相応の目標を持つべきだ」

珍しくも饒舌な彼に、軽く目を見開く。
くだらない事を言う自分に呆れているというよりは、寧ろ―――

「願いがあるなら、その手で叶えればいい。兄には、それだけの力がある筈だ」

彼の言葉に一喜一憂させられる。
どうしてこんなにも、と思うけれど、心は常に正直だ。
頬を伝いそうになるそれを隠そうと顔を俯かせると、彼が苦笑したのが気配でわかった。
彼女の黒髪を攫う指先が優しい。

「相も変わらず…感情的だな」

否定ではない言葉に、目を閉じて酔いしれる。

朽木 白哉 / 睡蓮

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08.11.13