072.色のない世界
今思うと、当たり前の日常が、一番大切だったんだ。
ほら、よく言うでしょう?
失ってから気付く、大切なもの―――って。
私にとって、それは当たり前の日常だった。
朝起きて、ご飯を食べて、服を着替えて。
今日の授業は何だったかなって思い出しながら、一護の家に向かう。
インターホンを鳴らすと、夏梨と遊子のどちらかがどうぞって答えてくれる。
偶に一心さんも加わってくれたけれど、一護は…覚えている限りは一度だけ。
玄関に入った頃に、降りてきたらしい彼と鉢合わせ。
おはよう、という言葉が、妙にくすぐったいと思ったのは、初めの頃だけだった。
慣れてくるとこの挨拶がないと朝が始まらないと思ったくらい。
一護が朝食を済ませる間の、夏梨や遊子とのお喋り。
少し大袈裟な一心さんの「行ってらっしゃい」の声。
学校までの一護との些細な語らい。
どれ一つをとっても、毎日繰り返されている当たり前の日常だった。
けれど、それは突然に崩れ去ってしまう。
続くと思っていたものは、かくも儚いものだったんだってこと…その時に知った。
それはまるで、世界が色を失ったようだった。
砂を噛んでいるような味気ない世界。
自分で選んだ道だと言うのに、ふとした拍子に後悔ばかり。
立ち止まって、俯いて、耳を塞ごうとして。
決めたと背伸びをして、無理やり忘れようとした。
けれど。
「何てことしやがんだ、この野郎!!!」
世界に、色が落ちた。
黒崎 一護 / Raison d'etre