069.ビルの間を
右へ、左へ。
低く見積もっても三階建て以上の建物の隙間を縫うようにして走る。
息が上がってきているのを感じるけれど、決して足を止めてはならない。
後ろから付いてくる気配はない。
だが、それが当てにならないと言うことは、いやと言うほど理解している。
周囲へと隈なく意識を向けつつ、近づいてくる気配の穴となる道を進む。
まるで迷路のようなそこは、瓦礫に道を塞がれていることもあった。
この区画は、もう何年も前に世間に見放されている。
こんな所に居を構えようという物好きもなく、廃屋だけが沈黙していた。
「見つけた」
突然背後からそんな声が聞こえ、最高に緊張していた身体が声なき悲鳴を上げる。
ポン、と叩かれた肩の辺りから金縛りにあったような錯覚。
人間、驚きすぎると声が出ないものだ。
「こ、殺す気!?」
ドキドキと忙しく鼓動を繰り返す心臓の辺りを押さえつつ、そう声を上げる。
しかし、原因であるシャルナークは、ただ屈託のない笑みを浮かべた。
「4時間53分か…結構粘ったね」
「…シャルに捕まったのは初めてだわ」
「そりゃ、そうだよ。いつもは団長が殆どだし」
あー、残念。
そう呟けば、彼は一段と嬉しそうに目を弓なりにした。
鬼ごっことは言え、立派な修行だ。
時間ギリギリまで捕まらない時もあるけれど、やはり大半はこちらの負け。
まだまだ要努力だな、と思いつつ、苦笑した。
「それにしても…この町、修行には悪くないね」
「確かに。死角が多いから逃げやすかったわ」
「暫くここを拠点にするって言ってたし、鍛えるにはもってこいじゃないかな」
頑張りなよ、と彼が頭を撫でてくる。
まるで子供のようだな、と苦く笑えば、彼は今気付いたように手を引っ込めた。
「さて、と。まだ探してるメンバーと合流しようか。誰が一番近い?」
「………マチ?」
「…惜しいね。フランクリンの方が数メートル近いよ。まず、アイツの所に合流」
行こうか、と歩き出す背中を追って、薄暗いビルとビルの間を通っていく。
目の前に背中があるだけで、先ほどと同じ道とは思えない気がした。
シャルナーク / Ice doll