060.玩具箱の中には
「う、わ…懐かしいな」
年末に向けて、部屋の整理をしていた時、ふと見つけた箱に思わず手を止めた。
懐かしいと言うに相応しいほどに、古く草臥れたダンボール。
それは、自分がまだ小学生の頃に使っていたものだ。
よくここまで残っていたなと思う。
「何や言うたかー?」
丁度廊下を歩いていたのか、声を聞きつけた成樹が顔を覗かせた。
視線を向けずに片方の手で手招きをすれば、彼が部屋の中へと入ってくる。
そして、自分と同じように手元の箱を見た。
「えらい古いダンボールやな」
「子供の頃の玩具箱」
「ほー…子供の頃の」
興味を引かれたのか、成樹が反応して見せた。
そんな彼にクスリと笑ってから、軽く首を振る。
「小学生の頃だけだよ。今は玩具箱じゃない。えっと…何が入ってるんだっけ」
箱の再利用など、整理にはよくあることだ。
何を入れたのかまでは覚えていないけれど、玩具を保管してあるわけではないことは確か。
思い出すよりも見た方が早い。
少し色の変わったガムテープに指先をかけた。
ビビ…と紙の繊維が剥がれる音がして、ダンボールの蓋が自由になる。
「…何や、書類入れに使っとるんか?」
至極残念、と言う声でそう呟く成樹。
無理もない。
開かれたダンボールの中には、いくつかの茶封筒が無造作に入れられているだけだ。
しかし、彼女はそれに頷かなかった。
そっと一つを手に取って、封をしていない口から指先を滑らせる。
拾い上げてきたのは、書類ではなかった。
「あぁ、そっか」
指先の感触に、何を保存していたのかを思い出す。
ふっと笑みを零す自分を見て、成樹が封筒の口を覗き込んだ。
そんな彼に見えるようにと、手を引き抜いて中身を取り出してみる。
「…写真か?」
「ん。多分…中学校の時かな」
「うわ、ホンマに懐かしいわ」
一枚を手に取った成樹がそう言った。
色あせることなく、過去の一瞬を閉じ込めているそれ。
今よりもずっと幼い彼女がいて、少しだけ笑った。
「全部写真なん?」
「あー…多分」
「アルバムに入れへんの?」
「写真整理って得意じゃないんだよね。アルバム持ってないし」
頬を掻きながらそう答えた彼女に、成樹が目を見開いた。
「アルバム持っとらんの!?」
「その方面に関しては、アンタほど律儀じゃないもんで」
ちなみに、成樹は持っている写真をきちんとアルバムに入れてある。
以前見せてもらったから、よく知っている。
「ええ思い出やのに…勿体無いわ。こんな箱の中で眠らせとくん?」
「…こんな箱って…失礼な」
「せやかて…元玩具箱やろ?」
「玩具ってのは、子供にとっては宝物でしょ。
つまり…これは、私にとっては一応宝物に分類されるもの、ってこと」
玩具箱と言うと、大人になれば用済みのものばかりが入っているように聞こえる。
確かに、過去の懐かしい思い出では歩けれど…大人には子供用の玩具は不要だからだ。
しかし、彼女はあえてそれを「宝物」と訂正した。
子供の頃は玩具と言うなの宝物を守っていた箱は、年月を経て、大人になった彼女の思い出と言う名の宝物を守っている。
少しだけ、不思議であたたかい感覚が胸に残った。
「…アルバム、買いに行くか」
「いいって」
「こんな風に置いとったら、いずれ色褪せてくるわ。アルバムに入れた方が長持ちするやん」
「…まぁ、そりゃそうだけど」
「で、そのアルバムをこれに入れとけばええんやろ?誰もお役ごめんにせぇなんて言うとらへんよ」
少し躊躇う様子を見せる彼女の頭に手を載せる。
ニコリと笑った彼に、お見通しか、と肩を竦めた。
子供の頃から付き合ってきた箱を捨ててしまうことに躊躇したのだと言うことを、彼は正しく理解してくれていたようだ。
座り込んで整理をしていた所為で強張った筋肉を解すように、大きく伸びをする。
「ついでに夕飯の買い物をしてこようか」
「ええな。今日は寒いから鍋にしよか」
「えー…自分の番だからって、手抜きにしようとしてない?」
「………鍋はええやん。身体も温もるし、栄養満点や!」
「ま、別にいいけど」
そんな会話を隠すかのように、パタン、と部屋のドアが閉じた。
廊下を歩いていく二つの足音が遠ざかっていく。
部屋の中に入り込んだ風が、ふわりと写真を揺らす。
手の平に乗せられる写真の中では、少年と少年のような少女が顔を寄せて微笑んでいた。
佐藤 成樹 / Soccer Life