048.ソファ

「雲雀、今日の放課後―――」

声をかけつつ入った応接室。
いつもそこにいるはずの人が、見当たらなかった。
あれ?と首を傾げつつ、今日の予定を思い出す。
どこかへ出かけるという話は聞いていなかったのだが…急用だろうか。
仕方なく口を閉ざし、持っていたファイルを片手にデスクへと向かう。
その途中で、探し人を見つけた。

「珍しい…」

そう呟いてしまうのも無理はない。
ソファーに横たわるようにして穏やかな呼吸を繰り返す彼。
目を隠す瞼は、閉ざされたまま。
眠っている―――そう、眠っているのだ。
ソファーと言うのは、それなりに広く、クッションも良い。
転寝には丁度良いのだから、珍しくも何ともない光景だろう。
その光景を珍しいと思わせるのは、眠っているのが雲雀だったからだ。

じっと見つめていても起きる気配のない彼に、クスリと笑う。
彼に限って、気がつかないということはないだろう。
きっと、この場に…例えば風紀委員の誰かが入ってきたとしたら。
眠っていた名残を垣間見せることなく、パッと目を見開く姿が想像できる。
これだけ近くにいて目を覚まさないのは、気を許してくれているからに他ならない。

「…あまり…無理をしないで」

ソファーの前へと膝をつき、そう呟く。
このところ、並盛の夜の風紀が乱れているらしい。
何度か、聞きなれたバイク音が夜道を走っていくのに気付いていた。
昼は昼で活動していて、夜まで町に出ているとすると…疲労が溜まっても無理はない。
本当に薄く、目の下に隈が見えた。
影の関係だろうか、それとも―――そんなことを考えつつ、そっと手を伸ばす。
指先が目元をなぞろうとした、その時。
グッと強く手首を掴まれ、勢いよくそれを引っ張られた。
必然的に姿勢を崩し、咄嗟にもう片方の手を彼の向こうについて身体を支える。
上半身だけで彼を跨ぐような姿勢にはなってしまったが、ぶつかるのは防ぐことができた。

「…何をするの」

安堵の息を零してから、そう告げる。
パチッと開いた目が自分を見上げた。

「………あぁ、君か」

寝起きの、少しばかり掠れた声。
君か、と納得しているところを見ると、彼は自分だと知らずに行動を起したのだろうか。
必要以上に近づく気配に、本能的に行動したのかもしれない。
未だに腕を掴まれている所為で、やたらと近い距離のまま、そんなことを考えた。

「疲れてるんじゃないの?まだ解決しない?」
「いや、昨日終わったよ。首謀者は全員咬み殺した」

今頃は病院、と答える彼に、素直に「よかった」と思う。
入院するはめになった側からすれば良いわけがないが、少なくとも雲雀は解放される。
自分に関係のない者を心配するほど、優しくはないのだ。

小さく微笑むと、彼は漸く腕を放してくれた。
そして、上半身を軽く起してから、先ほどまで頭を置いていた辺りをぽんと叩く。
座れ、と言うことなのだろう。
促されるままに、そこに腰を下ろした。

「…何をしているの」

先ほども似たような質問をしたな、と思う。
膝の上に、当たり前のように置かれた頭を見下ろし、問いかけた。

「寝る」
「誰か来たら…」
「来ないよ。邪魔したら咬み殺すって伝えておけば」

そう言って、雲雀が自分の携帯を握らせた。
メールでもしておけ、と言うことなのだろう。

「まったく…」

再び目を閉じた彼の髪を撫でつつ、もう片方で携帯を開いた。
先ほど彼が言っていた通りの文章を打ち、風紀委員全員に送信する。
これで、雲雀の安眠を妨害する人はいないだろう。

強制的に動けない状態を強いられることとなった彼女は、小さく息を吐き出した。
そして、窓の外へと視線を向ける。
グラウンドへ降り注ぐ太陽は、暫くは傾きそうにない。
これが赤く染まったら…声をかけることにしよう。

雲雀 恭弥 / 黒揚羽

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08.10.08