045.転んだ

ドタ、と言う鈍い音がした。
そう、例えるならば…地面に何かが転んだような音。
振り向いたコウの視界に、地面に伏す子供の姿が映った。
どうやら例えではなかったようだ。

「大丈夫?」

地面に転がったまま、顔すら上げない子供。
心なしか全身が震えているのは、その痛みに耐えているからなのだろう。
思わず手を伸ばしそうになった所で、コウ、と名を呼ばれた。

「そんな所でどうしたの?」

向こうから歩いてきたティルが尋ねるが、彼は状況を見て何となく理解できたようだ。
伸ばされていたコウの手を見て、苦笑交じりに首を振る。
それから、彼女の肩に手を載せて、少しだけ下がらせた。

「駄目だよ。手を貸しちゃ」
「え、でも…」

言い淀むコウに答えず、ティルが子供に向かって口を開く。

「自分で立ち上がるんだ」

ティルの声に、子供が顔を上げた。
鼻先や頬や額に、小さな擦り傷と土が付いている。
大きな目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「強くなりたいんだろ?そう言ったのは、嘘じゃないよね?」

優しい問いかけに、子供はふるふると首を振る。
コウの知らないところで、この子供とティルの間に何かあったのだろうか。
成り行きを見守ることにした彼女の視界の中で、子供がゆっくりと身体を起こした。
時間をかけて立ち上がった彼は、最後まで目に溜まった涙を流すことなくティルを見上げる。
そんな彼の頭を撫でるティルの表情は優しい。

「よく頑張ったね。さ、リュウカン先生に手当てをしてもらうんだよ」
「うん!」

服の袖で涙を拭った彼は、そのままパタパタと走り出した。

「…少し前にね、僕みたいになりたいって言ってきた子なんだ」
「へぇ…そうだったの」
「本当は僕を目標にはしてほしくないけど…少なくとも大切な人守れる強さは、必要だからね」

それを、子供にもわかるように諭したのだと言う。
そう言う経緯があったからこそ、コウの行動を制止したのだ。
事情を知ると、何だかとても微笑ましい光景だったように思えてくる。

「いずれ、大きくなった時…あなたの言葉を覚えているといいわね」
「そうだと嬉しいね。好きな人は、自分の手で守らないと」

ね?と同意を求めるように小首を傾げる彼に、コウは困ったように笑う。
同意したい所だけれど、この場合は自分が頷いていいのだろうかと悩む。
そんな彼女の心中を悟ったのか、彼はククッと喉を鳴らした。

「さて、と…。買い物だったね。行こうか」
「ええ、ごめんなさいね、忙しいのに」
「いいよ。偶の息抜きくらいは許してもらうから。あ、コウ」
「?」

手を差し出され、コウは思わずその手を見つめてしまった。

「転ぶといけないだろ?」
「まぁ!転んだりしないわ」
「冗談だよ。でも、少しくらいいいだろ?」
「…モンスターと出会った時に困ってもしらないわよ?」
「大丈夫。片手が塞がっていても、大切な人は守れるよ」

握り合った手のぬくもりを分け合いながら、仲睦まじく城を後にした。

1主 / 水面にたゆたう波紋

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08.12.18