029.あのときああしていたならば。

「夜風は身体に良くないわ」

月が見下ろす真夜中。
コウは、部屋を抜け出す気配に気付き、その主を追った。

「起こした?ごめんね。すぐに戻るから、気にしてくれなくても大丈夫だよ」
「部屋に戻そうと思ってきたわけじゃないわ」

そう言って、コウはティルの隣に並ぶ。
はい、とマントを手渡せば、苦笑気味に笑ってからそれを羽織る彼。

「…静かだね」
「ええ。皆が勝利の酒に酔った夜だから」
「勝利、か…。でも、それは数百の犠牲の上にある」

ふと呟いたティルの言葉に、コウは息を呑んだ。
今回の戦…一時的に、解放軍が不利になった場面があった。
誰が間違ったわけではない。
何かのために剣を取った者同士がぶつかり合えば、状況が変わることもある。
けれど、彼はその頂点に立ち、皆を率いる者として…その結果を悔やんでいる。

「変化は、犠牲なしには生み出されないわ」
「だからと言って、誰かを犠牲にしていいわけじゃない。
僕は…時々、自分の進む道が恐ろしいよ」
「ティル…」
「あの時、出陣の声を上げなければ、あの部隊をあそこに配置しなければ…。
ずっと遡って…リーダーを引き受けなかったら…とか」

そんな風に、否定ばかりが浮かんでしまう。
ギュッとマントを手繰り寄せた彼。
その肩にかかる重圧は、他人が想像できるものではない。
紋章から伝わってくる彼の迷いや悲しみと言った負の感情に唇を噛む。

「…全部放り出して、逃げ出したくなる時もある」

自分が仕えるはずだった帝国に剣を向け、犠牲を生みながら進む道を拒みたくなる。
呟く彼に、コウは静かに動いた。
膝を抱く彼の後ろから、マント越しにその背中を抱きしめる。

「逃げていいよ、って言ってあげられない。あなたはそれを選んでしまったから。
だから…分けて欲しい。添星としての責からではなく、個人として、そう思っているわ」
「コウ…」
「独りで抱え込まないで」
「――――うん。そう…だね」

それ以上何も言わず、ティルはコウに抱きしめられたまま、静かに沈黙した。
あの時―――そう、後悔してしまうのは仕方がないことだ。
それが、感情を持った人間なのだから。
けれど、この人が思いつめ、闇へとその身を投じてしまうことがないようにと願う。
それと同時に、今この瞬間が訪れていることに、ひっそりと感謝した。
無数に張り巡らされた運命の中、彼と出会うことが出来たのだから。

1主 / 水面にたゆたう波紋

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08.09.01