093.火遊び
月が雲に隠れた闇に慣れてきた頃、ふと頬を撫でる感触に気付く。
自分が警戒していないのだから、相手は一人―――高杉以外にはありえない。
一人で布団に入った筈なのに、朝になるといつの間にか隣に居る男。
人と接するのが好きには見えないこの男は、実は誰よりも人肌を求めている…とでも言うのだろうか?
…いや、それはありえないだろう。
自分の存在は、良くて「温かい湯たんぽ」だ。
「忍び込んでくれるな、と言っても全く聞かないな、アンタは」
「口調」
呆れた声で言った言葉に対し、短い返事が聞こえた。
もう何度目のやり取りかはわからないけれど、癖と言うのは中々抜けないものだ。
「晋助が慣れた方が早いと思うわ」
昔の仲間とは袂を分かち、性別を偽る必要がなくなった。
それ以降、幾度となく口調を正されている。
一度は短くなった髪も、彼と共に過ごす年月の分長く伸びた。
「テメーが変えろ」
「…月が隠れてしまったのに、よく見えるわね」
話題を変えるようにそう言うと、高杉はニヒルに笑みを浮かべる。
「テメーほどじゃねェがな」
そう言って、彼の親指が目元をなぞる。
闇と言っても過言ではない状況下でも、日中ほどではないにせよ、問題なく見える。
そんな彼女の視力を指しているのだと悟り、ふと顔を背けた。
眼の話をされるのは嫌いだ。
自分の中に天人の血が流れているのだと、否応なしに気付かされるから。
しかし、逸らした視線は彼の手によって引き戻される。
「いい加減諦めろよ」
「嫌いなものは嫌いなのよ」
「俺ァ嫌いじゃねェ」
雲が切れ、月明かりが差し込んでくる。
縦に裂けた瞳孔が真っ直ぐに自分を見上げている様子に、彼は笑みを深めた。
昂揚している時の赤く染まる眼も気に入っている。
強い意志が見える眼を持つ彼女だからこそ、今も手元に置いているのだろう。
「気に入らねぇなら、抉り出してやろうか?」
「そうもいかないだ…でしょ。目が見えなければ、満足に戦えない。
それに…アンタが嫌いじゃないなら…嫌いだけど、持っていてもいい」
「クク…それでいい」
高杉 晋助 / 朱の舞姫