026.現実虚無

「…拙者は、お主を人斬りにするために剣を教えたわけではござらんよ」
「たった一度、刀の使い方を教えただけで師匠気取り?」

フッと嘲笑うように口角を持ち上げる。
彼…緋村剣心と出会ったのは、幕末の頃。
彼がまだ人斬りとして刀を振るっていた頃だ。
たった一度、生きる術として、彼に刀の握り方と、使い方を教わった。
そこが彼女の原点と言っても過言ではない。
しかし―――時代が常に動いているのと同じように、彼女もまた、生きている。
彼女の世界の中心…いや、世界そのものは、別のところにあった。

「何故、志々雄真実の下に付いた…!?拙者は、お主に生きる術を…!」
「生きていくには、その腕を磨く以外にはなかった。そうしてくれたのがあの人だった。それだけよ」
「志々雄が成そうとしていることを理解しているのでござるか!?」
「政府にも、これからの日本にも…飽きたのよ。私にとって…世界は、志々雄さんそのものだから」

薄く微笑む彼女の言動に迷いはない。
今まで敵対してきた志々雄一派の人間と同じように、ただただ志々雄に盲目的だ。
こんな人間ではなかったはずなのに、何故―――そんな遣る瀬無い想いが剣心の動きを鈍らせる。

「現実は、虚しいだけなの。人を信じれば裏切られる。絶対なのは…強さ、だけ」

何も信じられなくなった自分を救ったのは、志々雄の唱えた弱肉強食。
それが世の理なのだと説く彼に、自分でも馬鹿らしく思うほどに惹かれた。

「あなたと志々雄さんとは、生きている土俵も、器もまったく違う。
互いに干渉することなく己が道を生きればいいじゃない。どうして志々雄さんを追うの?」

当てもなく流れる人生を選んだ彼が、志々雄を追う理由はないはずだ。
剣心は、ただ純粋に「どうして?」と問う目の前の女性が、恐ろしく見えた。
彼女には、志々雄の唱えた弱肉強食だけが、全てだったのかもしれない。
自分が剣を教えた少女が、このように成長してしまった。
その現実は、剣心に重く圧し掛かってくる。

「志々雄は多くの人を犠牲に己の欲望を満たそうとしている。誰かが止めなければならない」
「…変な人。あなただって、多くの人を犠牲にして今の道を歩いているのに」
「…それの償いの為にも、目の前で苦しんでいる人を救いたいと思う。
拙者が志々雄を追う理由は、それだけでござるよ」

多くを語れば、その一つでも彼女の心に届けることが出来るだろうか。
饒舌に己の内を語る彼に、彼女は肩を竦めた。

「例え同じ数の命を救ったとしても、償いは終わらない。…これ以上の問答は時間の無駄、ね」
「待てっ!」
「私とあなたの考えが交わる可能性はないわ。それでも止めたいなら、その剣で私を殺せばいい」

一瞬のうちに走り去る彼女を呼び止める言葉は見つからなかった。
彼女を、殺さなければならないのだろうか。
いや―――殺さずを掲げ、逆刃刀を握る自分には、彼女は殺せない。

「拙者は………俺は、お主に…生きて欲しかっただけだ…」

血の赤と憎悪の黒に侵された世界で、屈託のない笑顔を浮かべてくれた少女が、生き延びてくれればと。
そう思って授けた剣術が、今の彼女の始まりを作り出した。
新たな幕末の過ちが、剣心の心に重い影を生み出す。

緋村 剣心

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09.01.13