024.もしもの話。
「紅さん」
「はい?」
「もし、白蘭さんが…とても恐ろしい事を考えているのだとしたら、どうしますか?」
入江正一の問いかけに、紅は作業の手を止めた。
分厚い本を片手に動きを止め、彼を見つめる。
彼もまた、彼女の行動を見守るように、唇を閉ざした。
「…どう、とは?」
「そのままの意味です。止めるのか、止めないのか…或いは、何か別の行動をとるのか」
彼の言葉を聞くと、紅は溜め息を一つ零してから作業を再開した。
本を整理する手を止めず、視線で本の背表紙を追いながら、口を開く。
「それを聞くことに意味はありますか?」
「理由は…言えません」
「では、私も答える理由がありませんね」
話は終わりだ、とばかりに身体ごと本棚に向き直る彼女。
そんな彼女に、正一は慌てて言葉を繋いだ。
「質問に、意味が必要ですか?」
「…答えることには、理由が必要な場合もありますよ。
あなたのように、言えない場合だってあるんですから」
彼女の言葉に彼はグッと言葉を詰まらせた。
確かに、自分は質問する理由を教えられない。
同様に、彼女にも答えられない場合は存在するのだ。
無理に聞こうとするなら、自分もその理由を述べなければならないだろう。
唇を結んで俯く青年に、人知れず溜め息を吐き出す。
これでは、自分が苛めているようではないか。
「もしもの話として答えるならば………何も、と言う他はありませんね」
「何、も…?何も、しないんですか?」
「ええ。私にとって、白蘭様が何を考えていようと関係はありませんよ。
彼が止まるなら止まり、進むなら進む。ただ、彼の後ろに従うだけですから」
淡々と、まるで他人事のように話す彼女に、正一は信じられないといった表情を見せる。
「多くの人を巻き込もうとしているかもしれないんですよ!?」
「…正一さん」
カタン、と本棚に一冊の本を押し込んでから、彼女はゆっくりと振り向いた。
背中を本棚へと凭れさせ、腕を組んだ。
「白蘭様に反旗を翻すつもりですか?」
「…っいいえ」
その答えを聞き、彼女は口を閉じる。
正一の出方を伺っているようだ。
「………紅さんは、どうして白蘭さんに従うんですか?」
「認めてくれているからですよ」
彼女は、すぐに答えを出した。
「あの人が何を考えていようと、もう微温湯の世界には戻れないんです。
あの人が堕ちると言うなら…共に、堕ちるだけですね」
彼が何かを問う前に、さっさと自分の言葉を繋いでしまう。
そうして、話はこれで終わりとばかりの空気を含ませ、ニコリと笑顔の仮面を被った。
「…先ほどの発言は聞かなかったことにします。早く仕事に戻ってくださいね」
すでに整理を終えてしまっているのか、彼女は自分の荷物を持って書庫を後にした。
残された正一は、その場でしゃがみ込んで頭を掻く。
ズキン、と腹が痛むような気がした。
入江 正一 / 百花蜜