014.最後の嘘
どこに行くの、とその背中に声をかけた。
驚いたように振り向いてから、ばつが悪そうに頬を掻く。
「ちょっと、行って来る」
どこに―――とは、聞けなかった。
覚悟を決めてしまった彼を止める術を持っていない。
「―――行ってらっしゃい」
「ん。すぐ帰ってくるさ」
髪を撫でた手が頬を辿り、後頭部の髪の中へと差し込まれる。
深く合わさった口付けと同時に、彼だと感じさせる煙草の味。
名残を惜しむように頬を一撫でしてから、彼は背中を向ける。
鉄の臭いが鼻先を掠めた。
振り向くことのない背中が見えなくなるのを、拳を握り締めて見送る。
少しずつ、夜が逃げていく。
あの後、テントに戻ることもなく、夜風を感じながら外で無意味な時間を過ごした。
周の軍はすでに朝歌の中へと入った。
殿を任されている私は、まだ朝歌の外にいる。
ふと見上げた城壁の向こうから、きらりと光る何か。
この朝歌に辿り着くまでに、何度も見てきたもの。
それが今、真っ直ぐにこちらへと向かってきている。
綺麗な軌道を描いて飛んできたそれが、ぐるりと私の周囲をまわる。
冷たく感じるのに、どこか温かいそれが、誰のものなのかを―――理解してしまった。
それと同時に、魂魄は空へと舞い上がり、定められた場所へと向かっていく。
「―――っ」
遠ざかっていくそれに引きずられるように、涙が零れた。
次から次へとあふれ出すそれを止める術はない。
―――すぐ帰ってくるさ。
一度だって偽ることのなかった彼が、最期に残した優しい嘘。
いや、ほんの少しとは言え、彼はその約束を守ってくれたのだろうか。
「帰って来てくれたって…すぐに行っちゃうなら…そんなの、意味がないよ…っ」
城壁の中から盛大な歓声が上がる頃になっても、涙が乾くことはなかった。
黄 天化