008.見知らぬ君と
通学路を帰宅中、突然ミサイルに襲われた。
それはミサイルではなく、10年バズーカなのだが、そんなことは紅の知ることではない。
避けることもできず、強く目を閉じる。
ボン、と言う音の割に、痛みはなかった。
程なくして、恐る恐る目を開くと、そこに飛び込んできたのは見知らぬ部屋。
「ハァ!?」
訳がわからない。
外を歩いていたはずなのに気がつけば室内にいる。
しかも、随分と立派な内装で、一目見て上等な部屋だとわかるものだ。
混乱する紅の背中で、音を立ててドアが開いた。
「紅ちゃーん。これなんだけど―――って、あれ?」
明るい声が聞こえ、紅はピンと姿勢を正した。
「ご、ごめんなさい!突然お邪魔して説得力のかけらもありませんが、決して怪しい者では…!!」
そう言って90度に腰を折る。
とりあえずわかってもわらねばと、ただ只管頭を下げ続けた。
「うん。少し落ち着こうね。ほら、深呼吸でもしようか。はい、吸ってー、吐いてー」
思わず顔を上げ、言われた通りに息を吸い込み、吐き出す。
「吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー」
「…………………」
「吸ってー。吸ってー。吸ってー………」
「…………………く、苦しいですから!!何をさせるんですか!!」
強制的ではなかったというのに、言うことを聞いていた。
吸うばかりで吐き出すことが出来なければ、苦しいのは当然だ。
ゼェゼェ、と肩で息をする彼女に、男は二コリと微笑む。
「緊張は解れたみたいだね?」
「え、あ…」
そう言えば、と男の言葉に頷く。
彼は、いつの間にか紅のすぐ前にいた。
驚いて一歩下がろうとしたところで、唇にふにっと柔らかい何かが当たる。
「?」
「甘いの嫌い?」
小首を傾げて尋ねられ、フルフルと首を横に振る。
すると、彼はどうぞ、と言い、先ほどより少し強めにそれを押し付ける。
ゆっくりと開いた唇の中に、ふわりとしたマシュマロが滑り込んだ。
「…美味しい…」
「でしょ?これ、僕の大事な人がいつも買ってきてくれるんだ」
「大事な人、ですか」
「何をするのにも一生懸命で、丁寧で真面目で。僕の我侭にも、苦笑しながら付き合ってくれる。
仕事が溜まってて、疲れた頃になると、これと紅茶を出してくれる、優しい子」
「その人の事…好きなんですね」
「うん、そうだね。伝えると顔を真っ赤にして怒るところも可愛いな」
普段はツンとしてるのにね。
そんな言葉に、その女性の様子を思い浮かべ、くすくすと笑う。
「だから、大丈夫だよ。君ももうすぐ帰れるから」
「…はい」
「多分、そろそろかな。じゃあね、紅ちゃん」
「え?」
ボン、と覚えのある音がして、視界が白く染まった。
それが晴れた時、見えたのはいつもの見慣れた通学路。
「白昼夢…?」
不思議な出来事は、少しの間紅の中に残り、やがて忘れ去られた。
「お帰り、紅ちゃん」
「…ただいま帰りました」
「里帰りは楽しかった?」
「と言うことは、私の代わりに10年前の私がここに居たわけですね」
「うん。小さくて可愛かったよ。高校生かな?」
「…そのくらいだと思います」
「顔、赤いよ?」
「…そうですねっ」
「そう言う可愛いところも好きだよ?」
「変なことを言ってる暇があったら仕事をしてくださいっ!私はデスクで控えてますから!!」
「……また怒らせちゃったなー」
足音荒くデスクに戻るその背中を見つめる。
クスクスと笑って、摘んだマシュマロを口の中に放り込んだ。
白蘭 / 百花蜜