002.呆れた笑顔で
ゴン、と鈍い音が聞こえた。
庭で洗濯物を干していた紅は、その音のした自分の部屋を見上げる。
音の原因に心当たりのある彼女は、またあの子ね、と苦笑いを浮かべた。
そして、何事もなかったように、籠の中に残っている洗濯物を拾い上げる。
バサバサッと鳩が窓の所から飛び立っていった。
「~~~~~っ!!」
鈍い音の後、呻くような声が聞こえた。
ベッドに凭れるようにして本を読んでいた蔵馬は、その音の方を向く。
窓際で頭を抱えるようにして蹲る息子の姿に、やれやれと言った表情を浮かべた。
「またやったのか…」
学習しないな、と呟く。
声に反応したのか、暁斗が蔵馬の方を振り向いた。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「ガラスがあるから飛び掛っても無駄だって、何度言えば理解するんだ。
…またガラスをぶち破って部屋を血まみれにするつもりか?」
何度も言っただけではなく、何度も頭をぶつけているはずなのに。
窓の外に鳥を見ると、暁斗は必ずと言っていいほどそれを忘れる。
自分たちの血を引いているとは思えない学習能力の低さは何だ。
「…痛い…」
「暁斗、耳」
痛い、と呟く暁斗の頭にぴょこんと顔を出した獣の耳。
気が緩んで変化の一部が解けてしまったようだ。
蔵馬の指摘に、暁斗は慌てて気を引き締める。
だが、ずきずきとした痛みが邪魔をして、中々耳が消えてくれない。
そんな暁斗に、蔵馬が呆れたような顔を見せた。
「このガラス、硬い…」
「特注品だからな。部屋を血みどろにされるのは嫌らしい」
先日窓ガラスをぶち破られて以来、この部屋の窓は強化ガラスに変わった。
部屋に飛び散る血の後片付けが面倒になったらしい。
「そうだ!ずっと窓を開けてればいいんだよ!」
そう言って、暁斗は蔵馬が止める暇もなく、ガラッと窓を開けた。
途端に、ビュゥッと風が吹き込んできて、室内の軽いものを飛び散らかしていく。
ガシャーン、とペン立てが床に落ちる音がした。
「…………………」
「………はぁ…」
部屋のあちらこちらから聞こえる音に、暁斗は窓を開けたまま固まる。
その頬は引きつり、冷や汗が流れた。
付き合いきれないな、と再び本に視線を戻す蔵馬。
人間界のあれこれに慣れるまでの間、三人の周囲では幾度となくこのような光景が見られた。
南野 秀一 / 悠久に馳せる想い