朱の舞姫

Another story  神威

傷だらけになって見上げた空は、抜けるような青空だった。
結果なんて、わかりきっていた。
敗けるとわかっていて、挑んだ勝負。
私の中で何かが砕けて、何かが生まれる音を聞いた。
ピースが欠けた場所に、別のピースがはまり込む。
それはあまりにも自然で、それでいて、今までとは全く違っていた。

「―――ごめんなさい」

呟いた言葉は、私に対するものなのか、それとも…。












目を覚ましたのは、あの勝負の翌日だった。
その時には、既に傷の痛みは殆どなく、包帯を解いた肌には薄らと痕が残っているだけ。
覚醒したとでも言うのだろうか。
天人としての血が濃くなっているのを感じる。

「地球に連れて行って」

様子を見にやってきた神威に、紅はそう告げた。
飾り程度に巻かれた頭の包帯を掻きながら、いいよ、と答える彼の表情に、迷いはない。

「丁度、そう遠くない場所にいるから…寄ってあげる」
「…逃げるって、思わないの?」
「君は裏切らない」

そうだろ?と確信を持って問いかける彼。
紅はそれに答えず、静かに目を細めた。








「…神威」

紅が、初めてその名を口にした。
驚いたように瞬きをする神威。
そして、彼は笑った。

「初めて呼んだね」
「…団長って呼ぶべきなのかしら?」
「いいよ、神威で。紅は春雨の一員じゃないし」

寧ろそう呼べ、と言う空気を纏う彼に、そう、と頷く。
そして、徐にベッドの上で座り直し、帯に手をかけた。
驚く様子もなく、また慌てる様子もなく、神威は紅の動向を見守る。
肌蹴た胸元には、白い肌に不似合いな緋色が咲いていた。

「…鱗?」
「逆鱗よ。竜陣族の、最大の弱点」

人の形を模した竜陣族の肌からは、鱗は消える。
けれど、そうしても尚残る、たった一枚。
神威の手が伸びて、その指先が逆鱗に触れた。
ここが急所であると言う自覚はある。
本能的に、身を固くする紅。

「…剥がしたら、死ぬの?」
「………ええ」

紅の返答に、ふぅん、と気のない返事を返した彼は、その爪先で鱗の端を掻いた。

「…剥がして」
「…死にたいの?」
「上書きされていれば、死なないわ」
「…そ」

小さく頷くと、彼は迷いなく指先を弾いた。
鋭い痛みと共に、逆鱗が宙を舞った。
髪の毛を抜くのとは訳が違う。
しかし、一息に剥がされたお蔭で、痛みは最小限で済んだようだ。
くるくると回ったそれを、難なく受け止める神威。

「…おめでとう、って言うべきかな」

楽しげな神威の声を聞きながら、やっぱり、と納得する。
剥がされた痛みはある。
けれど―――紅は、生きている。
魂が決めたはずのただ一人は、本能が決めた一人によって、上書きされていた。
気持ちの整理は付いているはずなのに―――そう思いながらも、感情が追い付かない。

「紅」

名を呼ばれて顔を上げると、すぐ近くに彼の顔があった。
吐息がかかる距離で微笑んだ彼は、そのまま頭を下げる。

「…っ」

鱗がはがれ、白い肌には薄く血が滲んでいる。
敏感な傷口に、神威の唇が触れた。
ぺろりと血を舐め取った彼は、ちゅ、と軽くそこを吸い、淡い鬱血だけを残して身体を引く。

「地球に着いたら呼びに来るから、ゆっくり休むといいよ」

そう言い残し、彼は去って行った。











ピシッと何かが割れる音を聞いた。
訝しげに眉を顰め、懐に手を差し込む。
胸元に提げていた小さな包みを引き出し、口を開いて手の平に中身を落とした。

―――逆鱗は、私の一部よ。繋がりが消えない限りは、常に存在するわ。

いつか、紅がそう言っていたのを思い出す。
砕けた逆鱗を見下ろし、高杉は静かに瞼を伏せた。

12.03.15