朱の舞姫

Another story  神威

来島は我武者羅だった。
紅の情報を得られるならば、たとえそれがどんな些細な物だったとしても、必ずその場に出向いた。
大抵は以前見たことがあると言う無意味に古い情報だったり、人違いだった。
今日もまた、無駄足だ。

「姐さん…」

銃口が火を噴いて、天人でもなんでもないただの人間が一人死んだ。
無感情にそれを見下ろした来島は、この場にはいない紅を思う。
ずきん、と包帯を巻いた頭が痛む。
傷はまだ癒えていない。













許されるべき失態ではなかった。
相手の顔に浮かんだ笑顔が酷く不気味で、恐ろしいほどに強かったということしか覚えていない。
まるで、人を塵芥のように扱う男だった。
目を離すなと、高杉からそう言われていたのに。
任せたと―――そう、言われていたのに。
一矢報いることも出来ず、また殺されることもなく。
生き延びてしまったことが、何よりも悔しい。

「何があったんですか!?」

来島の意識を呼び戻したのは、武市の声だった。
その向こうに河上、そして高杉の姿を捉える。

―――何があった?

彼女は失血の所為でぼんやりする頭を必死に動かした。
そして、すべてを思い出す。

「晋助様!!姐さんが―――」

来島の声が中途半端なところで掻き消える。
その場の空気が凍りついたような感覚。
その原因は、彼女の正面、崩れたもう一方の壁を見つめて唇を結ぶ高杉だ。
彼以外の全員が、その場に足を縫い付けられるような感覚を抱いた。
眼球運動さえも気取られてはならない―――頬を汗が伝う。

「―――探せ」

その一言に込められている感情は、間違いなく怒り。
それを向けられているのは、命令を守れなかった来島ではない。
部屋の有様と彼女の怪我を見れば、誰でも理解できるはずだ。
紅は来島よりも遥かに強い。
そこには人間と天人の差が横たわっているのだから無理はない。
けれど、紅を連れ去った男は、彼女以上の力の持ち主。

「天人が…」

忌々しげにそう吐き捨てた高杉の手の中で煙管が砕けた。


















船がどこかの星に着いた。
窓の外の世界を見て、紅は僅かに肩を落とす。
期待したわけではないけれど、自分の望む星ではないと知れば落胆するのも無理はない。
しかし―――紅はふと、とある事を思う。
船を受け入れるターミナルがあるという事は、他の星と交流している可能性が高い。
もしかすると、地球行きの船があるかもしれない。
思考がそこへと到達するや否や、紅はすくっと立ち上がった。
いつでも手の届くところに置いていた刀を手に取り、慣れた手つきで腰に挿す。

―――鍵はかけないから、いつでも殺しにおいでよ。

そう言って、神威は部屋に鍵をかけなかった。
何の抵抗もなく開く扉。
通路に人の、いや、天人の気配はない。
抜けられる。
それを確信したところで、紅の足がピタリと止まった。

「………はは…馬鹿みたい、ね」

乾いた笑い声を零し、背中を壁に預けて額を手で覆う。
ここを抜け出して、地球に帰れたとして―――どうなると言うのだ。
また、同じ事の繰り返しだ。
逃げた紅に興味を失うかもしれないけれど、もし追ってきたら?
今度はきっと、来島以外の人を巻き込んでしまう。
それは、もしかすると高杉かもしれない。
紅の膝が崩れた。

―――逃げられない。

「あれ、こんな所で何してるの?」

場違いな明るい声が聞こえた。
今は…いや、今でなくとも一番聞きたくない声だ。
額を覆っていた手を下ろし、その人物を見る。
やはり笑顔を浮かべている神威が、ん?と首を傾げた。
紅の葛藤など何も知らない、全ての元凶。
憎悪が膨らみ、身体を抑え切れない。
紅の手が、無意識に刀に伸びた。














ドォン、と爆発音が聞こえた。
阿伏兎は部下に指示を出す口を閉じ、音の方を見る。
方角的にも距離的にも、あの娘の部屋がある場所だ。

「おいおい…名前を聞くだけに何を暴れてんだよ…」

あの会話から数日。
もうすっかり忘れたのかと思っていた矢先、ちょっと聞いてくるよ、と神威が席を立ったのはつい先ほど。
覚えてたのかよ!?と思わずあげた声は、彼の耳には届かなかっただろう。
数日越しに会話が成り立ったのだと思い、自分は彼の置いて行った仕事を片付けていたわけだが…。
そんな事を考えていると、再びドォン、と低い音がして足元がぐらぐらと揺れた。

「…ちょっくら行って来るわ。後は頼んだぜ」

部下にそう言い残し、気が進まない道のりを歩いていく。
近付くに連れて、足元の揺れは酷くなる一方だ。
このまま放っておけば船が修復不能なくらいに大破しかねない。
夜兎族と竜陣族―――どちらも、宇宙では名の通った戦闘族だ。
片方はハーフとは言え、そんな二人を本気で戦わせればこの星が破壊されかねない。

「困ったも―――」

呟きが、中途半端に途切れた。
阿伏兎の本能が、危険を察知したのだ。
咄嗟に後ろに飛んだ彼が先ほどまで歩いていた場所に、ピシッと筋が走る。
何だ?と疑問を抱く前に、その風景がずれた。
ズズズ…と沈んでいく船の後部。
唖然とその光景を見送る阿伏兎の目の前を、甲板が落ちていった。
その甲板には二つの影。

「おいおいおい…この馬鹿でかい船を真っ二つかよ…」

位置的に見て、刀を持つ彼女がそれを成し遂げたと言う事は明らかだ。
さすがは天人の血、末恐ろしい。
いっそ現実逃避のように、そんな事を考える阿伏兎だった。

10.06.12