「あ」
モニターを見上げていた男が、声を上げた。
その男の部下が声に反応して顔を上げる。
「何だ、団長。この映像が何かあるのか?」
「ううん。阿伏兎には関係ないよ。ところで、この星はどこの星だったかな」
「これは…地球だろ」
見上げたモニターに映し出される映像を見ながら阿伏兎がそう答えた。
その答えを聞き、そっか、と頷く彼。
「地球産はあまり強くないからなぁ…探してなかったよ」
呟いて、そして見上げる彼。
指先で何かを操作し、モニターを見上げながら微笑む。
「見ーつけた」
子供のようで、それで居て背筋がゾクリと逆立つ、声。
阿伏兎は本能的に身を強張らせた。
「だ、団長?」
「そう言えば、地球の連中との交渉があるって言ってたよね。俺、行って来るから」
「いや、その話はもう片付いた―――っていねェ!!団長―!!?」
振り向いた先は、既に無人。
ふと、目を伏せていた紅が顔を上げた。
「どうしたよ、女。気になる男でもいたかい?」
先程から鬱陶しい程に構ってきていた男が、彼女の様子に気付いて手を伸ばす。
「薄汚い天人の手で私に触れるな」
払いのけるのも不愉快で、その手が届かない位置へと動く。
睨み付けたドアは、依然として沈黙を保ったままだ。
「おーおー、怖いねぇ。その天人様の率いる春雨と手を組みに来た男の犬の分際で」
抜き身の刀を天人の首に添える。
極上の殺気を載せたそれに、男の表情が強張った。
「元より貴様らの軍事力以外の何も望んではいない。黙っていろ―――首と胴が繋がっていたいなら」
それ以上何か一言でも口にすれば、宣言通りに首と胴がわかれる。
そう思わせるだけの恐怖が男を包んだその時、プシュッと沈黙していたドアが開く。
紅はそのドアの向こうから姿を見せた高杉を見て、静かに刀を納めた。
男が膝から崩れ落ちる。
「おい、高杉晋助。お前の犬が俺の部下に随分なことをしていたようだが?」
高杉と共に出てきた天人が、そう言った。
「身の程を弁えねぇ奴は救えねぇな。こいつが犬にしか見えねぇなら、それ以上テメーらと話す意味はない」
行くぞ、と声をかけられ、紅は高杉の後ろに続いた。
彼には、この状況が起こった原因が手に取るようにわかっているのだろう。
傷一つ負っていない以上、それ以上言及する事もできず、天人はチッと舌を打った。
『見ーつけた』
不意に、部屋に付けられたスピーカーから、声が漏れた。
「何だ?」
「わ、わかりません。もう切れてます」
「チッ…どっかの悪戯だな」
天人が部屋の中に戻っていく。
紅の殺気を浴びて動けなくなっていた天人も、憎々しげな視線を向けつつ、男に従った。
背後で閉まるドア、前を進んでいく高杉。
紅だけが、その場に縫い付けられたように動けなかった。
―――見ーつけた
出来るならば二度と聞きたくないと思っていた声。
完全にあざが消えたはずの両手首がズキンと痛む。
首筋に冷たい汗が流れて、喉がカラカラに渇いた。
息が、出来ない。
「紅」
目の前から名前を呼ばれた紅は、びくりと大袈裟に肩を揺らした。
ヒュゥ、と喉が音を鳴らし、見上げる目は何かに怯えている。
こんな彼女を見るのは初めてのことだ。
高杉は、漸く彼女の身に降りかかる異変に気付いた。
「どうした?」
いつもは鋭い眼光を秘める眼が、案じるように揺れる。
咄嗟に何かを答えようとするも、喉から零れるのは音だけ。
「落ち着いて…ゆっくり息を吸え」
高杉の声に従うように、ゆっくりと空気を吸う。
今度は、喉が正常に動いたようだ。
入り込んでくる新鮮な空気に驚いた肺が動き、軽い咳が零れる。
けれど、呼吸が出来るようになった。
短く浅い呼吸を繰り返す彼女に、高杉は眉を顰める。
何が、彼女をこうさせているのか。
それを考えようとしたところで、その場がまだ春雨の領域である事を思い出す。
「…出るぞ」
恐らくこの場所が原因ではないけれど、それを助長する一つである事は確かだ。
やや乱暴に彼女の腕を掴み、外へと歩き出した。
船の外へと出て、宿までの道を無言で歩く。
既に紅の腕は解放されていて、ギリギリ高杉の速度についていっている程度だ。
彼があと少し速度を上げれば、きっと彼の背中を見失ってしまう。
―――いっそ、その方が…
自身の中に浮かんだ考えに気付き、勢いよくそれを否定する。
けれど、否定したい感情と、浮かんだ考えを受け入れたい感情とが複雑に入り乱れる。
あの声は、あの男だった。
恐らく、モニターに映った自分を見たのだろう。
春雨の関係者である事はまず間違いない。
高杉の計画のため、春雨と不必要な衝突を起こすわけには行かなかった。
それならば、いっそ高杉の元を離れれば―――そうすれば、彼を巻き込まずに済むだろうか。
あの男の強さは、肌身を持って知っている。
紅の力では、あの男から逃げる事は出来ないだろう。
高杉は、紅が彼の進む道の障害となるならば、容赦はしないと断言している。
だが、それは本当だろうか。
もし万が一、彼が紅を助けに入ってしまったら―――そう思うと、背筋が凍る。
本気を出せば、紅は天人の血の分だけ高杉に勝る。
紅は自分自身がどうなる事よりも、彼を巻き込むことだけが恐ろしかった。
「…晋、助…」
明らかに力の及ばぬ者に支配される恐怖。
未知なる感覚に、紅の心は助けを求めていた。
けれど、声には出せない。
手を伸ばす事もできない。
いつしか歩みは止まり、視線は地面へと落ちていた。
このまま、気付かれる事なく彼と別れれば―――そんな事を考えたところで、視界に誰かの足が映りこむ。
「何があった、紅」
彼には似合わない、優しい声。
そう感じるのは、自分が弱りきっているからなのか、現実に彼が優しい声を囁いているのか。
涙腺が緩んでしまった。
紅は唇を噛み締め、震える手を伸ばす。
指先で彼の着物を掴み、その胸元に額を寄せた。
「――――」
声にならない声は、彼の耳に届いてしまっただろうか。