山本くんのお姉さん
携帯が鳴って、ん?と顔を上げる。
着信だと気付き、ボタンを押そうかと手を伸ばしたところで途切れるメロディ。
1コールのそれに、紅は静かに腰を上げた。
そして、カーテンを引いた窓へと近付き、細く開く。
何を考える事もなく室内へと舞い戻り、ハンガーにかけてあった上着を片手に部屋を出た。
「―――やる」
二人で並んで歩き、やってきたのは小さな公園。
子どもの頃によく遊んだ思い出の深い場所に、スクアーロがいる。
こう言っては何だが、彼と公園は実にミスマッチだった。
そんな光景に、密かに笑いを殺している紅に気付かず、彼は小さな箱を彼女に放り投げる。
受け取ったそれは、プレゼントと思しき見た目。
眼差しで促され、ラッピングを解いたそこから出てきたのは、ちょこんと並んだ二つのピアスだ。
まるで、水滴を落としたような美しい球形のフォルム。
「これって…アクアマリン?」
宝石に詳しいわけではないけれど、たぶん、と言う程度で口にする。
否定の言葉はなかったから、間違ってはいなかったようだ。
「でも、どうしてアクアマリン?」
「…気にするな」
「ふぅん…」
意味はあるのだろうけれど、口にしたくはないらしい。
後で調べよう、と心に決め、それよりも重要な事を思い出す。
「ピアスを貰っても…私、ピアスホールを開けてないんだけど」
そう呟くと、スクアーロは未知なるものを見るような目で紅を見下ろした。
半信半疑と言った様子で、彼女の頬にかかる髪を掻き揚げる。
露になった耳には、ピアスもなければ、穴もない。
「…付けてただろうが」
「あれはイヤリング」
「はぁ!?今時、売ってんのか!?」
「だって…親に貰った身体に自ら傷をつけるなんて、失礼じゃない?」
「そんな事気にする親が女の一人旅を許可するか!!」
「…ま、それもそうね。これ、気に入ったし…開けようかな」
そう呟いて、ピアスの一つを箱から取り出す。
きらり、と街灯に反射したそれは、まるで雨粒のようだった。
「ピアスホール、開けてくれる?」
返って来たのは無言。
これでもかと言うくらいに眉間に皺を寄せる彼。
天下のヴァリアーともあろう彼が、縫い針よりも少し太い程度の穴をあける事に躊躇っている。
聞く者が聞けば、実に滑稽な話だ。
「…冗談よ。今時は病院でも開けてくれるらしいけど…ピアッサーを使って、自分で開けるわ」
「病院に行け」
「一生残る傷なんだし…医者も他人だし。…自分でするわ」
そう言う問題ではないかもしれないけれど、ピアスホールは一生の物だ。
それを見ず知らずの他人に開けられる事に、少しの抵抗を覚えた。
紅の言葉を聞くと、スクアーロは深く長い溜め息を吐き出す。
「…行くぞ」
「どこに?」
「こんな所じゃ出来ねぇだろうが。…部屋に来い」
そう言って、不機嫌に歩き出す彼。
きょとんとそれを見送りかけた紅は、クスリと笑って足早にその隣に並ぶ。
「ありがとう」
「ったく…自分で開けとけよ」
「そう言う機会に恵まれなかったのよ」
小さな小さな傷一つに、不機嫌になってくれる彼。
人の命を奪う事に抵抗はない癖に、と心の中で笑う。
じんじんと鈍く痛む。
耐えられないほどではないけれど、そこに傷があると感じさせる痛み。
しかし、不快感よりも、嬉しさの方が大きかった。
「ありがとう、スクアーロ」
「…おう。消毒する」
「はーい」
やってしまえば落ち着いたのか、普段と変わらない表情で耳元を消毒してくれる。
消毒液の冷たさに思わず肩を竦めると、動くな、と注意された。
「こっちは、ホールが安定してからつけるね。最初はあんまり付け替えない方が良いみたいだし」
「好きにしろ」
淡々とした声なのに、何となく笑いが含まれていた。
それはきっと、話をしている彼女の声が楽しそうだったからだろう。
「ねぇ、スクアーロ」
「ん?」
「外さないからね。これ、つけたら」
手の中で遊ばせていたピアスを持ち上げ、彼を見つめながらそう紡ぐ。
その眼差しに含まれた想いに気付いたのか、スクアーロは小さく口角を持ち上げた。
「…そのためにやったんだろうが」
「うん。ありがとう」
暫くはつけられないけれど―――その日が待ち遠しい。
ずくん、ずくんと血流に合わせて感じる痛みさえも、幸せだった。
12.02.05