ランボくんのお姉さん
うわああん、と小さい男の子の泣き声が響く。
今まさに門を潜ろうとしていた彼女は、即座にその場から走り出した。
「こんにちは、奈々さん!綱吉さんはいますか?」
「あら、こんにちは。上にいるわよ」
ゆっくりしていってね、なんて声を横目に、靴を揃える間も惜しんでバタバタと階段を駆け上がる。
行儀悪くてごめんなさい、奈々さん。
心の中で謝罪しながら目指す場所は一つ。
「ランボ!」
部屋に駆け込むなり、飛んでくる黒い塊を両腕でキャッチした。
泣き喚く黒い塊こと、ランボは彼女の腕の中でぐずぐずと鼻を鳴らす。
「ほら、泣かないの」
イイ子イイ子、とランボを宥めつつ、原因であろう人物を睨み付ける。
「獄寺さん!私の可愛いランボを泣かせないでください!」
彼女の名前はコウ。
ランボが心配だからと、止めるファミリーの目を盗んで日本へとやってきたランボの実姉。
一緒に住んだら、と言う奈々の申し出を断り、近くのマンションに一人暮らしをする強かな12歳である。
「こいつが10代目を馬鹿にするからだろうが!」
「だからって、ランボはまだ5歳なんだから、大泣きさせることはないでしょう!?」
あー、また始まったよ。
溜め息を吐き出すツナを蚊帳の外に追い出し、口論する二人。
この二人、顔を合わせれば喧嘩ばかりだ。
獄寺と、コウが目に入れても痛くないくらいに可愛い弟との折り合いが悪いのだから、無理もない。
幾度となく泣かされる弟を見て、コウの獄寺に対する心象は急激な右肩下がり。
顔を合わせれば噛み付かんばかりの戦闘モードに入ってしまうくらいだ。
「コウ~!!」
涙は止まったらしいランボがコウに甘える。
可愛さが溢れたのか、彼女は「ランボ!!」と彼を抱きしめた。
そんなコウの腕の中から顔を覗かせたランボが、獄寺に向かってあっかんべー、と舌を出す。
…嫌な予感がした。
「獄寺くん、落ち着い―――」
言い終わるより先に、ガツン、と握った拳がランボの頭に振り下ろされた。
ダイナマイトを取り出さないあたり、ある意味では冷静だったのかもしれない。
途端に嵐のように大声で泣き出すランボ、音を聞いて抱きしめていた腕を解いたコウ。
泣きながらふかふかの頭からバズーカを取り出し、自分に向けるランボを見て、彼女が表情を変えた。
「ランボ、駄目…!」
カチッとトリガーを引く音が聞こえたか、否か。
コウはバズーカの銃口を取って、そして。
彼女の姿が、爆風の中に消えた。
「…あれ?」
爆風が晴れたそこで、コウの代わりにランボを抱いていた女性。
きょとんと瞬きをした彼女は、とりあえず腕の中にいるランボを見て、目を輝かせた。
「やだ、ランボが可愛い!小さい!!」
きゃー!と嬉しそうな声を上げてランボをぎゅーっと抱きしめる彼女。
どうやら、彼女は10年後のコウで間違いないようだ。
「…コウ?」
「そうよ、お姉ちゃんよ。そう言えばこんな風に小さかったんだっけ」
懐かしいなぁ、なんてご機嫌にランボを抱く彼女には、ツナや獄寺の姿は見えていないらしい。
どこまでもコウだなぁ、と微笑ましさに笑ったツナは、不意に黙り込んでいる獄寺が気になった。
視線を動かした先には、二人を…いや、この場合はコウか。
コウを見つめたまま微動だにしない彼がいた。
一頻ランボとの時間を楽しんだコウに、漸く周囲を見回す余裕が出来たらしい。
ツナと獄寺を見て、彼女はふわりと微笑んだ。
「10代目も隼人さんも、幼いですね」
そりゃ当然だろうと言う感想をぶっ飛ばすような言葉が聞こえた。
「“10代目”?“隼人さん”?」
「あ、そっか。10年前だった」
納得したように頷いた彼女は、ランボをツナの腕に預ける。
そして、首を傾げるツナに、コブがあるみたいだから冷やしてあげて、と頼んだ。
それを聞いたツナは、慌てたように母を呼びながら部屋を出ていく。
見送ったコウはやはり笑顔を浮かべていた。
「10代目はやっぱり優しいなぁ」
「…おい」
低い声。
振り向いた先には、獄寺がいる。
「お前、コウ…だよな?」
「はい、ランボが大好きなコウです」
躊躇いもなく堂々とそんな事を言う彼女は、10年後も変わらないらしい。
12歳の彼女とは違い、目の前の彼女は女性と呼ぶに相応しい。
ランボと同じ黒い髪は、くるくるとカールしながら肩の辺りで揺れる。
5歳の子供を抱くには少し短かった手も足も、すらりと長く伸びていた。
弟と好みが似ているのか、牛柄のシャツから覗く胸元は実に豊かで―――
「お、お前…いつから10代目をあんな風に呼んでるんだよ!?」
「10代目って?ボンゴレに入った頃かなぁ」
「…は?お前、ボヴィーノは…?」
「ちゃんとボスからOK貰ってますよ。だって―――」
そこで一旦口ごもったコウは、何故か照れたように頬を染める。
それから、時計を見上げて何かに気付いた。
「獄寺さん」
その続きは、先ほどの続きではないのだろう。
何となくそれを感じながら、何だよ、と返事をする。
「私、モモが好きなんです」
「…はぁ?もも…桃?」
「で、ランボが大好きなんです」
「…知ってるっつーの」
「それから…。獄寺さんってランボを泣かせるし、会ったら喧嘩ばっかり」
「………」
「でも、獄寺さんの事、嫌いじゃないんです」
満面の笑顔でそう言った彼女は、獄寺が何かを言う前に煙の中に消えた。
そして、次に現れたのはこの時代のコウ。
「あ、獄寺さん」
戻ってきたんですねー、なんて呑気な事を言いながら、頬をぷくりと膨らませている。
ランボはどこですか?とすぐに弟を探す彼女と、先ほどまでの彼女。
見た目は違っていても、中身はやっぱり同じだった。
それに気付き、何となく―――安心した。
「…何食ってんだ?」
「これです!獄寺さんに貰いました!」
そう言って、小さな手で自慢げに広げたのは飴の小袋。
空になったそのパッケージには桃のイラストがプリントされている。
「お前、俺に会ったのかよ?」
「はい!大人でした!」
「10年後なんだから当たり前だろ」
「そうじゃなくて、格好良くて、優しくて…大人だったんです」
12歳の語彙力では所詮この程度だ。
本人は上手く説明できたと思っているのか、ただ単に大好きな味の飴を堪能しているのか。
満足気に笑顔を浮かべるコウは、空の袋を大事そうに弄っていた。
帰り道、コンビニに寄った獄寺は、不意に今日の出来事を思い出していた。
そう言えば、こんな風にニコニコと笑っているコウを見たのは久し振りだ。
最近は本当に、顔を合わせれば喧嘩ばかりで。
「“優しくて大人”…か」
呟きながらレジへと向かう彼の持つカゴの中には、桃やブドウなど数種類の果物が描かれ小分けされた飴。
―――獄寺さんの事、嫌いじゃないんです。
あの言葉に、何かが動き出した事を―――彼はまだ、知らなかった。
「10年バズーカって知ってるんだよね?」
「はい、もちろん」
「じゃあ、なんでランボを庇ったの?」
「10年バズーカだろうとなんだろうと、駄目なんですよ。だって、ランボが怪我したら大変だもん」
そう言って胸を張ったコウは、立派にお姉ちゃんだった。
11.05.21