ランボくんのお姉さん

コンコン、とドアをノックする。

「コウですー」

我ながら間抜けな声だと思うけれど、今日はそんな気分だから仕方ない。
少しの間を置いて、入れ、と言う短い返事を貰う。
部屋の中に入ると、隼人さんが大きな机に向かって仕事をしているのが見えた。

「隼人さん、ちょっと休憩しませんか?」

紅茶を入れてきました、と告げて、漸く顔を上げてくれる隼人さん。
うん、やっぱり視線が合わないのは寂しい。

「あぁ…ちょっと待ってろ。これだけ終わらせる」

待ってろ、と言ったのはきっと、私の手にあるトレーの上にあるカップが二つだって気付いたから。
一緒に休憩しようと思った私の考えを、ちゃんとわかってくれたみたい。
それが嬉しくて、邪魔をしてしまわないように口元だけでふふっと笑って、ソファーのテーブルにトレーを置く。
待てと言われたから、ソファーに腰掛けて隼人さんを待つことにした。
何もすることがない時間だけど、決して苦痛な時間じゃない。
既に仕事に意識を向けてしまっている隼人さんの視線を貰うことは出来ないけれど、見つめるのは自由。

そう言えば、昔は顔を合わせる度に喧嘩していた時期もあったなぁ。
今となっては懐かしい思い出だけど、と思いながら、テーブルの真ん中の綺麗な箱に手を伸ばした。
宝石箱みたいなそれの蓋を開けると、出てくるのは小袋に入った飴。
パッケージには色々な果物がプリントされているけれど、一番多いのは桃だ。
私の大好きな味は、いつだって切らされる事なくここにある。

いつの頃からか…私がまだ、隼人さんを“獄寺さん”って呼んでいた頃。
やるよ、とそっぽ向きながらくれるこの飴が、大好きだった。
元々好きだった桃の飴が、大好きになったのは、きっとその頃から。
今思うと、あの頃から…隼人さんの事が好きだったんだろうなぁ。

「何にやけてんだよ?」

ぽふっと頭の上に手が載せられて、声のした方を向けば、眼鏡を外した隼人さんがすぐ近くにいた。

「終わったんですか?」
「あぁ。待たせたな」
「いいんです。お疲れ様」

そう言うと、隼人さんが小さく笑って私の頭を撫でてくれる。
まるで子ども扱いだと思う人もいるかもしれないけれど…私は、頭を撫でられるのは好き。
隼人さんからのスキンシップや言葉は、あまり多くない。
だからこそ、こう言う些細な触れ合いが、くすぐったくて幸せだと思える。
そうして、隼人さんの名前を呼ぼうとしたところで―――ボフン、と視界が煙に包まれた。












最近はあまり見なくなった現象に、軽く目を見開く。
煙が晴れたそこにいたのは、この時代のコウではなく…10年前のコウ。
幼いコウは、自分の置かれている状況を理解しかねて何度も瞬きをした。

「ここ…?」
「…コウか?」

聞くまでもない事だと理解しながら、問いかける。
人がいたと言う事に今気付いたらしいコウは、びくりと大袈裟なほどに肩を揺らした。
そうして獄寺を振り向いた彼女は、きょとんと瞬きをする。

「…もしかして、獄寺さん、ですか?」

声は、今よりも少し幼いけれど…本質は変わっていない。
そんな彼女の声で紡がれた呼び名は、ここ数年は聞いていない懐かしいもの。

「あぁ。10年バズーカか?」
「うん。獄寺さんが、ランボを泣かせて、ランボが10年バズーカを使っちゃって…」

ボスから止められてるのに、と肩を落とすコウ。
こんな小さいコウに向かって喧嘩をしていたかつての自分。
馬鹿だよなぁ、と思いつつ、今のコウにするようにその黒髪をそっと撫でた。
驚いたように顔を上げたコウだが、撫でられる感覚が気に入ったのか、ふわりと笑顔を浮かべる。
撫でられるのが好きなのは、今も昔も変わらないようだ。

「お前が向こうに帰る頃には、ランボは泣いてねぇよ」
「…そう、だといいな」
「それに、俺も怒ってねぇから」
「本当?」
「あぁ」

間違いねぇ、と頷く。
薄れる事なく、今も尚、鮮明な記憶。
この幼いコウばかりを見ていた自分が、10年後のコウを見た日。
幼い少女ではなく、美しい女性へと成長した彼女を見て、自分の中で何かが変わり、そして動き出した。

「桃が好きなんだろ?」
「うん!獄寺さん、何で知ってるんですか?」
「…聞いたんだよ」

お前にな、と心の中で付け足して、先ほどコウがテーブルの上に落としていった飴を小さな手に握らせる。
目を輝かせたコウは、お礼と共に袋を切って飴玉を口に放り込んだ。
小さくないそれが、小さな頬をぽこりと膨らませている。

「なぁ、コウ」
「なぁに?」
「いつも、怒鳴って怖がらせて…悪いな。もう少しで気付くから…それまで、待っててくれよ」
「?」

互いが声を大きくしている時はいい。
でも、ふとした時に怒鳴りつけてしまう子供な自分。
その度に、幼いコウが怖がっていたと…気付いていたのに、何もしなかった。
そろそろ時間だと気付き、もう一つ飴を持たせてやろうと箱から拾い上げたその時。
ボフン、と言う音と共に、コウが煙に包まれた。











煙が晴れた先に見知った隼人さんが見えて、とりあえずぎゅっと抱き付いておく。

「ただいま、隼人さん」

そう言うと、おかえり、と小さな返事。
何となく離れ難くて、そのまま抱き付いていたけれど…ひょいと抱き上げられ、おろされた先は隼人さんの隣。
私を下ろしてから胸元から取り出した煙草に火をつける隼人さん。
テーブルの端にあった灰皿を隼人さんの手の届くところへと引っ張ると、褒めるように頭を撫でてくれた。

「コウ」
「はい?」
「俺も“嫌いじゃない”からな」

煙草を銜えながらニッと口角を持ち上げた隼人さんの言葉は、聞き覚えのあるもの。
それもそのはず…私がさっき口にしたばかりの言葉だから。
でも、子供の頃の私ならそれで喜んだかもしれないけど…残念ながら、今は違う。

「嫌いじゃない、だけですか?」

わざと拗ねたように唇を尖らせれば、隼人さんは楽しそうに笑う。
そして、いつから持っていたのか知らない飴を、コロンと私の手の上に落とした。

「誰のためにこの部屋にこれを常備してると思ってんだよ。知ってんだろ?」

当然、知っている。
この飴が私専用だってことくらい。
でも…聞きたい。

「私、隼人さんのこと、大好きなんです」

隼人さんは?と問う。
頻繁に口に出してくれるような性格じゃないって知りながら聞くんだから、意地が悪い私。
現に、隼人さんはやれやれと紫煙と共に溜め息を吐き出した。

「…好きに決まってんだろ」

小さく小さく呟かれた言葉。
嬉しくて抱き付こうとする私の考えなんてお見通しだったのか、隼人さんの手が私の髪を撫でる。
前髪をぐしゃぐしゃに乱すのは、赤くなっている顔を見られないようにするため。
格好良くて大人なのに、こう言う時だけは昔を思い出させる。

「やっぱり大好きです!」

我慢しきれなくて抱き付くと、少しの間を置いて抱きしめ返してくれる両腕。
嬉しくて幸せで、この想いは言葉では言い表せないと思った。

11.05.27