獄寺くんのお姉さん
「ツナ、獄寺くんにお客さんよ」
上がってもらうわね、と階下から聞こえた母の声。
ツナと獄寺、そして山本が顔を見合わせた。
「お客さんだって」
「そうみたいッスね。…ハッ!もしかして、10代目を狙う刺客か!?」
俺に客?しかも10代目の家にわざわざ?と首を傾げていた獄寺がハッと我に返る。
それを口実にツナを狙うと言うならば、容赦はしない。
彼はどこからともなくダイナマイトを取り出し、瞬時に臨戦態勢を取った。
それに本気で慌てるツナと、実に大らかに呑気に宥める山本。
いつもと変わらない日常がそこにある。
さぁ、ここよ、と母の声が聞こえて、ドアノブが動いた。
獄寺は彼女の目を考えてダイナマイトを背中に隠すも、いつでも取り出せる状態を保つ。
やがてゆっくりと開かれていく扉に、全員の視線が集まる。
そこにいたのは―――
「…女の、子?」
ツナの呟きににこりと微笑んだのは、自分とそう年が変わらないような女の子だ。
明るい茶髪は緩くウェーブがかかっていて、彼女の持つ雰囲気をより和らげている。
彼女はツナを見てから隣の獄寺を見て、パッと表情を輝かせた。
「隼人くん!!」
久し振り!!と駆け出した彼女は、獄寺に飛びついた。
その勢いでは後ろにひっくり返るんじゃ、と心配したツナが慌てる。
しかし、獄寺は背中に隠していたダイナマイトを迷いなく放棄し、その両腕で彼女を受け止めた。
ばらばらと床に落ちるダイナマイト、抱擁を交わす二人。
「あら、仲良しねぇ」
呑気な感想を述べると、母は微笑ましげにその場を後にした。
「えっと…?」
困惑の声を発したツナに、いち早く反応したのは言うまでもなく獄寺である。
彼よりも僅かに背の低い少女は、半ば抱えられているような状況だった。
彼女を床に下ろすと、獄寺は、10代目、と声を改めた。
「こいつはコウです」
「初めまして。あなたが沢田綱吉くんですね。ずっと会いたいと思っていて…来てしまいました」
突然ごめんなさい、と頭を下げる彼女に、そんな必要はないと首を振る。
「で?コウは獄寺の彼女なのか?」
のんびりした山本からの質問に、獄寺とコウが瞬きをする。
そして、片方は「まさか」とクスクス笑い、もう片方は「んなわけあるか!」と怒鳴った。
「コウとは姉弟だ!」
間違われる事は初めてではないけれど、誤解させてはいけないと、つい声が大きくなる。
それを聞いた山本とツナは、思わず獄寺とコウを見比べた。
似ている…だろうか。
どちらかと言うと、ビアンキとは似ているかもしれない。
ふわふわした雰囲気は二人とは全く違っているけれど。
「そうだったんだ…獄寺くんに妹がいたなんて、知らなかったよ」
「…妹?いや、10代目。そう見えるのは仕方ないんスけど…こいつ、一番上の姉貴ッス」
一番上の、つまりビアンキの姉。
沈黙し、コウを凝視する二人。
コウはそんな二人の視線を知ってか知らずか、相変わらずふわふわにこにこしている。
「姉ぇ!?」
「へー!すっげー若く見えるなぁ…!」
頭が漸く、言葉の意味を理解した。
「ちなみに今年で24歳ッス」
「24…」
見えない。
10歳も年上とは思えないほどに可愛らしいと言うか、若い。
少女だと思っていた彼女は、実は女性と言うべき年齢だったようだ。
「ついでに言うと―――」
獄寺の言葉を遮るように、コウが何かに反応した。
パッと立ち上がったかと思うと、いそいそと…と言うより、逃げるように獄寺の背中の後ろへと。
疑問符を抱くのはツナと山本。
獄寺は、彼女の反応で何かを察したらしく、はぁ、と溜め息を吐き出した。
「もしかして…何も言わずに来たのか?」
「だって…こうでもしないと、いつまで経っても会わせてくれませんから」
「だからって」と言う言葉は、いよいよ途中で途切れた。
バタバタと荒く階段を上がってくる複数の足音。
何事かと視線を向けた先の扉が、勢いよく開かれた。
息を切らせてそこに立っていたのは。
「ツナ!ここに―――」
「ディーノさん!?」
鬼気迫る表情で登場したのはディーノだった。
驚くツナを余所に、室内を見回した彼はホッと安堵の表情を浮かべる。
「やっぱりここだったか…コウ」
名前を呼ばれたコウは、ピクリと肩を揺らす。
そして、そろり、と時間をかけて獄寺の背中から顔を覗かせた。
「…怒って…ます?」
「怒ってないって」
ほら、と手を差し出され、少しだけ躊躇ってから近付いていくコウ。
指先が触れたかと思うと、ふわりと抱き寄せられ、その広い腕の中へと閉じ込められてしまった。
苦しくないけれど、強い抱擁。
その後ろで、次の世代を担うボンゴレの彼らが顔を赤くした。
「心配したし、探したんだぞ」
「…ごめんなさい、ディーノくん」
「(ディーノ…くん!?)」
しゅん、とした表情を浮かべるコウよりも、寧ろその呼び方の方が気になる。
じっとと言うか、ぎょっとと言うか…とにかく、見つめるツナの視線に気付いたのはディーノだった。
コウを解放した彼は、彼女を隣に立たせてその肩を抱く。
「俺の嫁さんは可愛いだろ?」
「嫁………嫁!?」
ディーノさんって結婚してたの!?って言うかコウさんも人妻!?
ツナの心の声が聞こえるようだった。
「へぇー…って事は、姉さん女房ッスか?」
「おう。コウの方が二つ年上」
「見えないッスねー」
「ふふ…よく言われます」
「でも、ディーノさんとお似合いッスよ」
「だろ?」
何だか呑気な会話だ。
コウとディーノに山本が加わるだけで、その場の空気まで穏やかになる。
まるで、そこだけが別の空間のような錯覚すら起こした。
「10代目10代目。コウと跳ね馬はいつもあんな感じッス。気にしない方がいいですよ」
「そう…なんだ?それより…獄寺くん、教えてくれたらよかったのに」
姉の存在も、その姉がディーノの妻である事も。
ディーノとは何度も会っているのに、今日初めて聞いたのだから、そう言いたくなるのも無理はない。
「すみません!何度も伝えようとは思ったんですけど…」
「私が止めていたんです。ごめんなさい」
ひょこりと顔を覗かせたコウに、ツナが驚きの声を上げる。
そのまま振り向けば、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「彼があなたに会いに行くと言うタイミングで体調を崩していて、許可が下りなかったんです」
心配性だから、と言う彼女に、なるほどと納得する。
彼女は何と言うか…とても儚いイメージの女性だ。
ツナですら、強く握ったら折れてしまいそうなほどに。
ディーノが心配性になるのも無理はないと思う。
「だから、今回は内緒で来たんですか?」
そう問えば、彼女は悪戯っ子のように笑みを浮かべた。
「ほんとに心配したんだぜ?」
そう言って話に入ってきたディーノに、しっかり見てろよ、と怒鳴るのは獄寺だ。
それを宥めるのは山本で、三人が盛り上がる様子を楽しげに眺めているのはコウ。
彼女はそっとツナに近付くと、先ほどまでとは少し違う表情で話しかけた。
「隼人くんの事、よろしくお願いしますね」
「寧ろ、俺の方が…!」
「隼人くんのあんな表情、久し振りに見ました。きっと、ここでの生活が楽しくて仕方がないんですね」
そう微笑む彼女は、どこから見ても姉らしい表情だ。
容姿の幼さを、内面で補えるだけの空気を持っているらしい。
「俺も…毎日がすごく楽しいです」
ツナの言葉に、コウは嬉しそうに頷いた。
11.05.21