沢田くんのお姉さん
「何度も言うけれど、面倒事は嫌いなのよ」
幼子に言って聞かせるように、ゆっくりと、けれど少しだけ強い口調で言う。
目の前にいるのは確かに見た目だけは幼子だ。
しかし、その中身はそのあたりを歩いている大人の男性にも引け劣らない。
わかっていて、あえて子ども扱いをするあたり、それなりに本気のようだ。
「他意はねーぞ」
「あったって気付かなかったことにするわ。花に罪はないから」
腕に抱く花束を見下ろし、深く溜め息を吐き出す紅。
月に一度、紅の自室に置かれている花束。
初めこそ家族の誰かからと考えたけれど、残念ながらそんな気の利く男はこの家にはいない。
父は豪快だからあまりそうサプライズは考えないし、したとしてもそれは母の為。
彼の行動はその大半が愛しい妻へと注がれているのだ。
子供の時から一番近くで見ているから知っている。
それに対して、寂しいと言った感情はなく、寧ろ仲の良い両親が嬉しかった。
同時に、いつか誰かと一緒になるならば、こんな風に一途に愛されたいと思っている。
紅の恋愛に対する期待度の高さは、この時から積み上げられているのだ。
「そう言えば、紅」
「なぁに?」
綺麗なラッピングを解き、茎を適度な長さに整えて花瓶に生けていく。
全体のバランスが整ったところで、ラッピングを片付けながらリボーンを振り向いた。
「明日、友達の家に泊まって来い」
「何を勝手なことを」
私の家はここなのよ、と溜め息を吐く。
彼が意味のないことを口にするとは思えない。
となれば、何か…紅がここにいると問題があるのだろう。
「綱吉は?」
「ツナは問題ねーぞ」
「………愛人ね」
女の勘、とでも言うのだろうか。
ツナは良くて、紅は駄目。
その理由を考えた瞬間に、それが浮かんだ。
そして、黙るリボーンを見て、その答えが正解だと知る。
「何の問題もないわ。私はあなたとは無関係なんだから」
「死ぬぞ」
「…マフィアに惚れる女は随分と過激なのね」
恋人がいるなら別れろと言うような男に惚れる女だ。
嫉妬や独占欲が人並み以上に高くても驚きはしない。
けれど、それならば、愛人と言う立場を受け入れるべきではないと思う。
その立場を享受したと言うことは、彼の唯一でなくてもいいと頷いたと言うことだから。
「ま、マフィアの女にかかれば私なんて赤ん坊のようなものだろうから…大人しく逃げておくわ」
リボーンとの関係性を肯定するような気がして癪だが、背に腹はかえられない。
つまらない意地の所為で命を落としたら、全てが水の泡だ。
「あ、紅さん!」
ツナを10代目と慕う獄寺が横断歩道を渡ってきた。
手に提げていた荷物は、さりげなく彼の手に奪われる。
見た目が派手だし、その言動は乱暴と言う他はない彼。
けれど、紅は「敬愛する10代目の姉」と言う立場お蔭で、優しい一面を見ることの方が多い。
「こんにちは、獄寺くん」
「こんな時間にどこに行くんですか?」
「今日は友達の家に泊まることになっていて」
向かっている途中なのだと告げると、彼は少し悩んでから、送っていく、と申し出た。
もちろん、申し訳ないからと一度は断ったけれど、友人の家の近くでは不審者の目撃情報もある。
夕暮れに差し掛かっている時間と言うこともあり、二度目の申し出は断らなかった。
「そう言えば…紅さんは大丈夫ですか?」
「何が?」
「その…リボーンさんが紅さんを気に入ったって、10代目から聞いたんで」
「あぁ…もしかして、愛人関係?」
思い当ることはそれしかなかったけれど、どうやら当たりのようだ。
頷く彼に、現在進行形で迷惑を被っているとは言い難い。
「今のところは、とりあえず」
「気を付けてください。過激なのが一人いるんで」
「へぇ…獄寺くんも知ってるってことは、有名な人?」
「いや、有名って言うか…姉なんです。腹違いの」
その答えを聞いて一番に浮かんだ感想は、なんて面倒な、だ。
リボーンの愛人が、ツナと仲の良い獄寺の姉。
彼の関係で揉めたら、色々と面倒になることは間違いない。
「そっか…まぁ、今のところ実害はないから大丈夫」
とりあえず、当事者ではない獄寺を安心させるように、笑顔で以て全てを有耶無耶にした。
リボーンの愛人こと、ビアンキ。
彼女が日本での滞在場所を…たとえば弟である獄寺の家にしたとすれば、何の問題もなかった。
けれど、残念なことに、彼女は居候先に弟の所を選ばず、あろうことか沢田家を選んだのだ。
沢田家、つまり、紅の自宅でもある。
その日、一日を凌いだとしても、意味がない。
「あなたは…?」
「沢田紅よ。ビアンキ―――で良かったかしら?綱吉から話は聞いているわ」
第一印象は大切に。
笑顔で自己紹介をした紅は、よろしく、と手を差し出した。
握手を交わし、ファーストコンタクトの感触は悪くないと判断。
この場にリボーンがいなくて良かった。
彼がいれば、余計なことを言ってくれそうな気がしたからだ。
「そう、ツナの姉なのね…」
考えるように黙り込んだビアンキ。
ツナの姉とは言え、愛する人と一つ屋根の下にいた未婚の女性。
ビアンキの心中は複雑なのだろう。
どうやら、リボーンから余計なことは聞いていないようだ。
それならば…と口を開く。
「ビアンキは獄寺くんのお姉さんなんでしょ?」
「隼人を知ってるの?」
「もちろん。ツナと仲良くしてくれているし…彼自身も、とても良い子だわ」
荷物を持ってくれたりして優しいし、きっと素敵な男性になるわね。
そう褒めれば、ビアンキは自分のことのように喜んだ。
獄寺の話では二人の関係は色々と複雑のようだったが、こうして見ていると仲が悪いわけではないのだろうか。
「紅とは年も近いし、同じ姉と言う立場で仲良くできそうね」
「ええ、私もそう思う」
「…紅は、リボーンをどう思う?」
悩む前にはっきりさせることにしたようだ。
蔭で探られるよりは、いっそその方がありがたい。
「リボーンは素敵な人だとは思うけれど、獄寺くんみたいな人の方がタイプだわ」
「まぁ…!隼人が好きなのね!大丈夫、私は応援するわ!!」
「え、あの、そこまでは―――」
タイプと答えたのに、何故そうなる。
止めようとする紅を余所に一人で盛り上がるビアンキ。
止めるのは無理だと判断し、それを好都合と考えることにした。
「ふふ…ビアンキは手を出しちゃ駄目よ?」
「ええ、もちろんよ!愛は二人で育むものだもの!陰ながら応援するわ」
その心中に多少の温度差はあれど、二人は友人としての握手を交わした。
11.05.28