沢田くんのお姉さん

一目見て、彼が何一つ嘘を言っていないのだと理解した。
つまり、彼の口から零れる言葉は全てが事実。
これから起こるであろう日常に、大きく溜め息を吐き出した。




夜、一人自室で勉強をしていた紅は、聞こえた廊下の床板の軋みに顔を上げた。
何となく、その足音の主が誰なのかを悟る。
扉が開かれる前に自分の方から開いて見れば、予想通りの人物がそこにいた。
ほんの僅かに驚いたような表情を見せる彼に、少しばかりの優越感。

「こんばんは、リボーン。…入る?」

首を傾げて問うと、彼は、あぁ、と頷く。
そんな彼に通路を譲り、入ったところで扉を閉ざす。
年齢を考えず、性別的に言えば男と女。
深夜と言える時間帯に部屋の中で二人きりになるべきではないけれど、相手は子供だ。

―――たとえ、彼が何かを隠していようと、“見た目”だけは。

「眠れないならホットミルクでも入れましょうか?」
「いや、要らねーぞ」
「そう」

たぶんホットミルクなんて飲まないだろうと思っていたから、予想通りの答えだ。
彼にはカフェラテやカフェオレなんかが似合う気がする。
そう考えている自分に気付き、心中で苦笑した。
既に、彼の扱いを子供としてではなく、大人としている自分に気付いたから。

「お前は冷静だな」
「…そうね」
「ツナみてーに俺の話を疑ってねーだろ」

寧ろ、信じてる。
そう断言するその目は、子供には持ち得ないものだ。

「人を見る目はあるつもりだから。あなたの目を見れば…嘘じゃない事くらいわかるわ」
「それだけか?」
「他に何か?欲を言わせてもらえるなら、マフィアなんてややこしい事に綱吉を巻き込まないでほしいわ。
でも、それは聞いてもらえないでしょう?だったら…あなたにあの子を鍛えてもらうしかないじゃない」

関わらないでいてくれるのが一番だけれど、そうする事で綱吉が危険に晒されるかもしれない。
それならば、何も知らないよりは、全てを知っているリボーンに鍛えてもらう他はない。
冷静にそう語る間、彼は瞬きもせずじっと、紅を見つめていた。

「お前、良い女だな。気に入った」
「どうもありがとう。社交辞令でも嬉しいわ」
「社交辞令でもお世辞でもねーぞ」
「生憎、リップサービスは信じない事にしているの」

碌な事にならないんだから、と呟く彼女を見て、リボーンは確かにそうだろうと納得した。
あのダメツナの姉とは思えない器量とそれを惹き立てる容姿だ。
町を歩けば男が放っておかないだろうと思う。
手渡された資料で彼女の事を知っていたつもりだったが、それはあくまで文面の情報だけ。
面と向かって言葉を交わす度胸、臆する事無く視線を返す強い眼差しに、見惚れた。

「思わぬ逸材だな。見つかればマフィアが放っておかねぇ」
「…何の話?」
「気にするな、こっちの話だ」

今までは日本と言う国に埋もれていた。
けれど、これからツナがボンゴレの10代目として名を挙げれば、必然的に彼女の存在も知れる。
一度言葉を交わせば、彼女の存在感は決して消えないだろう。
これでまだ高校生だと言うのだから、末恐ろしい。

「紅、恋人はいるのか?」
「はぁ?何を急に」

随分と話題が飛び、怪訝な表情を返す紅。
いいから、と促され、彼女は答えに間を置いた。

「…いるけど」
「別れろ」
「自分がめちゃくちゃなこと言ってるってわかってる?…冗談よ。いないわ」

初めから騙し切ろうとは思っていなかったらしく、彼女はすぐに白旗を上げた。

「なら、一般人に惚れるなよ。相手が死ぬぞ」
「…真顔で言わないでほしいわ。はぁ…こっちが必死になって守ってきた平穏を何だと思ってるのよ…」

冗談であってほしいわ、と吐き出す溜め息は重い。
けれど、それが冗談ではないとわかっている。
どうやら、自分までボンゴレの関連に巻き込まれるのは必然らしい。

「ごく普通の男と結婚してごく普通の家庭を築きたかったのに…って言うか、結婚できるのかしら…」
「俺の女にしてやろうか?」

朝の挨拶のような軽い口調で飛び出した言葉。
その破壊力は、少なくとも紅の行動を数秒間停止させた。

「…嫌。私は私だけを愛してくれる人と一緒になるって決めてるの。両親みたいに」

それは、リボーンに他の女がいるとわかっている返事だった。
マフィアの事情なんて何も知らないはずなのに、そう言う部分があると理解しているらしい。
理解力があると言うか、想像力があると言うか。
女にしておくには惜しいと思うけれど、ある意味では女で良かったとも思う。

「お前になら―――」

唯一を与えられるかもしれない。

何となく浮かんだ、不思議な予感。
そう遠くない未来、彼女と言う存在に落ちる気がする。










「この家で育てられてよくそんな風に育ったな」
「この家で育ったからこそ、よ」

紅はあっさりとそう答えた。
そんな彼女に、彼女の家族構成を考えてみるリボーン。
豪快な父、うっかりおっとりな母、頼りない弟。

「…必然、だな」
「でしょう?でも、とても良い家族。大好きよ」

何の躊躇いもなく、笑顔でそう言った紅。
その表情が、纏う空気が、その言葉を表現している。

「“家族”を大事にする奴はいいマフィアになれるぞ」
「“ファミリー”って意味でしょ、それ」

やはり、彼女の理解力にはリボーンですら驚かされる。
これからが楽しみだな、とボルサリーノの上のレオンを撫でながら口角を持ち上げた。

11.05.14