Bloody rose

自室として宛がわれている部屋で、コウは鏡の前に腰を落ち着けていた。
あまり好きではない化粧品を広げ、溜め息を落とす。
好きではない、けれど、これは自分にとってのけじめだ。
仕事とプライベートを区切る―――仮面を被る代わりに、化粧の下に自身の表情を隠したのだ。




「コウ~!入るわよ!!」

ドンドンと、とてもノックとは言えない様な乱暴な音。
それに続く形で発せられた声は男物―――しかし口調は女物と、相反している。

「え?ちょ、ちょっと待ってくだ―――」

制止の声は無意味に宙に飛散し、部屋のドアは無情に開け放たれる。
そこに立っていたのは、ヴァリアーきっての肉体派、ルッスーリア。
ガタイの良い身体には似合わず、女口調を使い、部下にはルッス姐さんと親しまれている。

「次の仕事のことでね。どーしてもコウの力が借りたい、の…よ―――」

つらつらと思うままに話し出していた彼は、こちらを向いたままの姿勢で固まっているコウを見た。
そこで、彼の言葉は不自然にすぼんで行く。

「コウ、あなた…」
「…すみません。話は後から聞きますので、5分だけ外で待ってもらえませんか」

ヴァリアーのメンバーと顔を合わせる時は、きちんと化粧を整えてから会うようにしている。
別に眉を完全に剃ってしまっている訳でもなければ、睫毛がとてつもなく短いと言うわけではない。
一般的な顔立ちだと自負しているけれど、素顔を見られるのは妙に緊張してしまう。
パッと顔を背けたコウの横顔に、ルッスーリアの視線が向けられる。
穴が開いてしまいそうなほどの視線に、コウは心中で溜め息を吐き出した。
そんな風に互いが口を噤むこと、1分。
いい加減状況を打開すべきと判断したコウが口を開こうとした、その時。
ルッスーリアの方が少しばかり早く行動に出た。
ずかずかと部屋の中を進んできた彼は、化粧品の一つを持ったままだったコウの手首を掴んだ。

「うん、いけるわ!時間もギリギリ間に合うから、決定よ!!」
「いや、あの………何が?と言うか、外に出ていただきたいんですが」
「嫌だわ、ボスったら!こんなイイ素材を隠してたなんて!もっと早くに気付いてれば良かった!!」
「…聞いてませんね」

一人で話を始めてしまった彼を止める術を持たないコウは、今度こそ溜め息を吐き出した。
そんな彼女の行動に目敏く気付いたルッスーリアが、ガシッと彼女の両肩を掴む。

「次の任務ね。潜入なのよ。適当な女をパートナーに見繕うつもりだったの。
その女を上手く探してもらえないかと思ってたんだけど」
「へぇ…ルッスーリア隊長がパートナーを?」
「やぁねぇ!部下に決まってるじゃない!」

すっ呆けちゃって、と額を弾かれる。
これが中々痛い。
思わぬところで飛んできたデコピンに、コウが眉を顰めた事など気付く由もなく、彼は続けた。

「でも、あなたがいれば万事解決だわ」
「…」
「女だけは、パートナー同伴じゃなくても参加できるの。女が主のパーティーだから」
「…そこに潜入しろと言うわけですね」
「話が早いわね」

サングラス越しで目の表情はわからないけれど、彼は口元にニコリと笑顔を浮かべた。

「空いてる部下が悲惨な顔でね。どうやって女のパートナーをさせようかと思って、悩んでたのよ」

こんな奴なの、と取り出された写真を見る。
確かに、たとえ妥協だったとしても納得できないほどに凶悪な顔だ。
レヴィと同レベルくらいか、と彼に対して失礼なことを考えた。






最早、コウが行く事は決定事項らしい。
諦めた彼女は、隊長に許可を取りに行かないと…等とこれからの予定を考えつつ、彼に声をかける。

「これは…パートナー探しは不可能に近いですね」
「そうなのよ。あなたにパートナーをお願いしようかと思ってたんだけど、任務とは言えボスに失礼でしょう?」
「あぁ、それで―――って、え?」

納得しそうになって、ふと気付く。
思わず顔を上げた彼女を見て、ルッスーリアは得意げにフフンと笑った。

「私が気付かないと思ったの?鈍感な他の連中と一緒にしないでくれる?そう言うことには敏感なのよ」

そう言ってぱちん、とウインクされた。
いや、されたと思う、と言うべきだろう。
彼の目はサングラスによって隠され、その奥の目は見えていない状態だから。

「………いつ、から?」
「んー?三ヶ月は前ね。不思議だったのよ。
ボスの我がままっぷりは理解していたつもりだけど、限度って言うものがあるでしょう?」

初めは、警戒しているから出来る限り目の届く所に置いているのだと思った。
もうすぐ一年と言う今でも彼女は定期的にXANXUSに呼びつけられている。
けれど、難易度が高いと思われる任務すら任せられており、疑いは既に晴れているように見えた。
そうなってくると、今も尚彼女を気にかけていないようで気にかけているXANXUSの態度は不自然だ。
では、と思い、ルッスーリアが注目していたのは―――

「あなたの態度がとーってもわかりやすかったわ」
「………」
「あらあら、そんな顔しないの!眉間に皺なんて可愛くないわよん」

ぐりぐりと眉間を押す指先。
その力に押し負けそうになって後ろへと仰け反れば、彼はその腕を引いた。
流石は肉体派、全力でも敵いそうにない。

「どんなに表情を隠せても、その目が自然と追う者は決まってるものよ」

その言葉に、コウが目線を落とした。
表情だけは、子供の頃からいやと言うほどに鍛えられた。
ポーカーフェイスなどと言うものではない。
それこそ、完全な無表情を作ることすら出来る彼女だが、まだまだ甘いようだ。
他人から指摘され、初めて自分の目が追う人物を自覚した。

「いいじゃない。人を好きになることって、とても素敵なことでしょう?」
「ルッスーリア隊長は、どうして―――」
「んもぅ!そんな堅苦しく呼ばなくても、他のメンバーと同じでいいわよ!」
「…では、ルッス…隊長は、どうして私の一方的な思いだけではないと?」

コウの片恋に気付いていたとして、それだけならば『ボスに失礼』と言う言葉は出てこないはずだ。
XANXUSが気にかけている、と言う行動だけでは、確信させるには少し弱い。

「ボスはね。何とも思っていないような人間を自室に入れたりしないし、自分の弾を触れさせたりしないわ」

わかるでしょ?と問われ、沈黙を返す。

「…でも、私は―――」

何かを言おうとしたコウだが、そのまま口を閉ざしてしまう。
誰かに相談したいことがある。
けれど、それを相談できるほど、コウはルッスーリアを知らない。
その戸惑いがコウの唇を塞いでしまった。
俯いたままの彼女に、ルッスーリアは苦笑を浮かべてその頭をなでた。

「相談したくなったら、いつでもいらっしゃい。ここは女がいないから、辛いこともあるでしょ?」
「…隊長も、男ですよね」
「それは言わないのっ!」

このタイミングで言う!?と大きく反応する彼に、沈んだ感情が浮上してくるのを感じた。

「ありがとうございます。ルッス姐さん」
「あら。コウ、あなた…うん。やっぱり、素顔で笑ってる方がいいわ。厚化粧は似合わないわよ?」
「―――…そう、ですね」
「…ま、素顔で勝負できると思ったらすぐに止めてしまいなさい。絶対その方がいいから」

そうして、頑張りなさいよ、と優しい力で肩を叩かれる。
この人が姐さんと呼ばれて慕われている理由が、わかるような気がした。





「ルッス姐さんっていい人ですね、隊長」

そんな事を言うと、スクアーロはゴトンと手に持っていた資料を落とした。

「…変な影響受けるなよぉ」
「元々女だって言うのに、どんな影響を受けるって言うんですか」

半分ほど瞼を下ろして呆れた風に告げると、彼は逃げるように視線を逸らした。

09.04.06